8月10日のブログで、「ポア」とは呪殺のことだろうと

書いた。

しかし、これは間違っていたようで、いま読んでいる正木晃・著「性と呪殺の密教」によると、呪殺は「ドル」というらしい。

そして「ドル」は呪殺ではなく「度脱」と訳すようだ。

(なるほどたしかに、悪人を(死なせて)文殊菩薩の浄土に導く、という一種の「慈悲」?である「ドル」を呪殺とするのは適切ではないわけで、適切な「訳」だと思う。)

 

いっぽう「ポワ」のほうは

『「遷移」(せんい)と訳され、自分の意識を風に乗せて体外に出し、目的の本尊と合体させる瞑想法である』

とあり、呪殺とも殺人とも関係のない言葉であるようだ。

 

こうしてみると、オウム真理教事件以後の日本人が、全く誤った意味で「ポア」「ポア」といっているのは問題だろう。

(日本人、全員が「ばか」状態?「殺人」の意味で「ポア」と言っているのは仏教をバカにしているだけではなく、「自分もとてつもないバカ」と言っているに等しい)

f:id:hibi333zakkan:20180820132655p:plain日本人、総バカ状況?ここまでみんないっしょにバカになるのも珍しい?

 

ところで、そういう馬鹿でアホでおろかな日本人を操ろうとしている?人たちは非常にアタマが良いようで、「何を考えているのか?」さっぱりわからない。

 

どうも、そういう「超優秀」なエリートから見ると、日本人はおろかであるとともに、「救い難い」ほどに「醜悪」な者たち、と見えているのかもしれない。

 

たしかに、ある程度生きてきたわたしの経験からも、日本人を「醜悪」と見る人がいても不思議ではない、と思う。

(極端と言っていいほどの「エゴイズム」と、それをあからさまに誤魔化そうとする「偽善」。「強欲」「非倫理性」「非論理性」「「想像力の欠如(=差別性、思いやりの心がない)」「弱い者いじめ」等々)

 

そういう者たちは滅んでもいい?むしろ滅ぶべき?

 

日本が外国のように死刑を廃止できないのも、そういう日本人の「醜悪さ」「邪悪さ」のためかもしれない?

 

そんな、この国にあっても、オウム真理教事件での死刑囚13人の同月一斉処刑は多くの日本人にとってショックだったろう。

 

そう、まさしく、今回の「大量処刑」は日本人そのものに対する、いわば「われわれ」に向けた死刑執行だったと感じられるのだ。

 

今回の大量処刑を行った上川陽子法相はカトリック信者だという。

これで、上川陽子法相は日本人16人を殺した。

 

これは、日本人にはなかなかできることではない。

 

ただ、そういった「処刑」のできる「エリート」が存在しているのも事実だ。

まず、「東京大学卒」。(ほとんどが官僚。官僚OB)

1980年以降、5人以上の人たちを処刑した法務大臣は一人の例外を除いて(一人だけ慶應大学卒)、すべて東京大学卒だ。

(ヘンサチ教育脳についてはまた別の機会に)

 

処刑数のベストスリーを見ると、上川法相16人。故鳩山法相13人。谷垣法相11人、となっていて、とうぜん?全員東京大学卒なのだが、この三人にはもう一つ「共通項」がある。

 

それは、この三人がすべてクリスチャン=キリスト教徒である、ということだ。

 

キリスト教徒といえば、麻生財務相カトリック教徒だということだが、麻生政権の森英介法相(東京大学卒)は短い間に9人を処刑。その中には飯塚事件での冤罪処刑(どさくさにまぎれての、疑惑の処刑)も含まれる。

 

要は、日本の死刑執行は、冤罪であろうがナンであろうが、「日本人を殺す」「この国で死刑を執行する」ことに意義があるようなのだ。

このことは、われわれ「国民」、肝に銘じておかなければならないだろう。

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「日本政府」にとって、日本人(庶民)の「命」は「ゴミ」に等しい、ものなのだ(たぶん「本音」においては)。

 

それにしても、「キリスト教徒」のエリートはなぜ、日本人をいくら殺しても平気なのか?

これはちょっと問題だと思う。

 

今回、上川法相がカトリックだと聞いて、なぜか思い出したのが、過去にあった「西口彰」事件。

西口彰氏というのはカトリック教徒の家庭に生まれ、自身生涯を通じてカトリック教徒だった人で、頭も風采もスマート、「エリート」を装いつつ、詐欺と殺人を繰り返した。

 

何の罪もない「善意?」の人たちを5人殺したところで、ひとりの「少女」に正体を見破られ逮捕された、という劇的な経緯から(もしそこで逮捕されていなかったら、何人殺したかわからないという)、「復讐するはわれにあり」という「聖書」の言葉で小説になり、映画化もされた、という事件だ。

 

多くの人を詐欺にかけ、5人も殺していながら、西口氏本人はまったく反省の色を見せず、つかまったときもニヤニヤ笑っていたそうで、担当した刑事は「人間ではない」と思ったという。

 

どうも、わたしの頭の中で、この西口彰と先の大量処刑法相たちが結びついてしまうのだ。

 

ひょっとして、キリスト教徒としてこの国で生き、生活していると、日本人に対して、何か「許し難い」ものを感じてしまうのではないか?

 

これは、キリスト教徒ではないものの、中学生のときから聖書を読み始め、以来ずっと聖書を折に触れて読んできたわたしも、「半分」くらいはわかるような気がするのだ。

 

現代において、日本人のそういった(悪い方向への)性向はますます強まっているように思える。

そして、社会で追いつめられて凶悪犯罪に走った日本人庶民の死刑囚よりも、彼らをそこまで追い込んだ(世俗的に力のある)日本人のほうがより問題であって、「死刑」で世の中が良くなるわけではないだろう。

 

いまこの国で問題なのも、息を潜めて生きている日本人庶民ではなく、権力と富の上にあぐらをかき、冷酷と不正義と抑圧によって国を支配しているエリート層なのだ。

 

長くなった。

じつは、今日は「チベット仏教」について書くつもりだったのだが、これは次回以降にしよう。

 

チベット仏教」といえば、(チベット仏教に大きな影響を受けた)松本智津夫氏らオウム真理教の主要幹部7人が処刑された7月6日はダライラマ十四世の誕生日だった。

 

ここで一瞬頭をよぎったのは、先の大戦での日本人戦犯のうち、東条英機元首相をはじめとしたA級戦犯7人が処刑されたのが皇太子(現天皇)の誕生日だったということ。

 

いまの「日本政府」が何か?

ということを含めて、興味深い事実ではないだろうか?

 

また、上記死刑執行数ベストスリーの法相を任命したのは、すべて安倍現首相だ。それに次ぐ10人処刑の長勢元法相も第一次安倍政権の法相で、安倍政権の死刑執行数は(戦前も含めた)歴代内閣でも、突出している。

 

書いていると、また長くなってしまう・・・・・

 

ちなみに、死刑執行を忌避して、ネトウヨやネトサポや右翼から攻撃された法相は、すべて仏教徒だ、

ということを書いて、今日はここまでにしておこう。

f:id:hibi333zakkan:20180820151834j:plainいつものCafeで「貸本まんが復刻版」で「墓場鬼太郎」。

ここに、チベットの高僧の出てくるマンガが載っている。

大昔に読んだ記憶があるのだが、いま読むと、また別の意味が読み取れる。

 

‘日本での異質・異様なもの(妖怪・怪物)の支配’を描いたマンガにチベットの僧を登場させた水木しげる氏の先見性というか、予言性?はすごいと思う。

 

・・・暑さが一段落したのは嬉しい。

空には火星?

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なんだか火星も元気がない?(笑)