2月も今日で終わり。

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いつも通る道のわきの植え込みに黄色の水仙が咲いていた。

 

このところ暖かい。

 

薬店に行って、クエン酸重曹とホウ酸を購入。

 

帰りに近くの図書館に寄る。

 

借りたのは、

 

「世界」2020年12月号(岩波書店

植物という不思議な生き方(PHP

クリエイターのためのSF大辞典(ナツメ社)

そして、漫画の「アル中病棟」ー失踪日記2(イーストプレス

 

の4冊。

 

最近、目の調子がますます悪く、本を読むのがちょっとしんどくなってきていて、youtubeの朗読ばかり聞いていたのだけど、やはり読書の代わりにはならない。

 

ということで、倍率2倍の拡大メガネを買って読書を再開。

 

 自宅にもどって借りた本をパラパラやっていると、「SF大辞典」のこんな文章が目にとまった。

 

『【生命という奇跡】

自然界には4つの力があります。

重力、電磁力(でんじりょく)、強い力、弱い力。

これらは変化しない数であり、それぞれが少しでも違う値(あたい)を持てば、この宇宙は形を持ちえません。

簡単に言うと、仮にビッグバンが起こっても素粒子から先、陽子と中性子が衝突(しょうとつ)せず、ただ飛び交うだけで最初の重水素が発生しません。

原子もないため、物質のない寂(さび)しい宇宙になってしまいます。神様はこの宇宙を産み出すためにいったいどれだけのサイコロを振り重ねたのでしょうか。

・・・・                    』

 

たしかにね。

昔から言われていることだけど、

「この世は神様がいると考えれば、ひどく不完全で理不尽だけど、神様がいないとすれば、あまりにもうまくできている。」

 

これは誰もが感じていることだろう。

 

わたしはこの問題については、ニーチェさんとは違った意味で

「神は死んだ。」

と考えて納得するようにしている。

 

つまり、

「最初は神様がいて、この世界・宇宙の基礎を作ったのだけど、

しかし、その神さまは死んで(消えて)しまって、この世(世界)は不完全なまま残された。」

 

そう考えると、

 案外、この世のことが腑(ふ)に落ちる。

 

でも、それで自分なりに納得はできても、生きていくのはタイヘンだ。

「納得」だけではまったく楽にならない。(笑)

 

ただ、いま神様がいないとすれば、市場を神の手にまかせよ、と現代において主張しているような市場原理主義新自由主義の経済学はとてつもなく危険なものなのではないか?と思う。

まァ、その背後には神様になったつもりの大金持ち(=独占資本家)の存在があるんだろうけど。(笑)

 

どちらにせよ、ロクなもんじゃない。

 

あと、こちらも言葉の意味はちょっと違って理解しているかもしれないのだけど、ドストエフスキー

「神なき革命は悪です。」

という言葉もね、

ちょっと絶望的かつ危ないような言葉だけど、1面の真理だと思う。

 

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メモ:

 

お名前         生・没年

 

マルサス (人口論) 1766 ~ 1834

 

ヘーゲル       1770 ~ 1831

 

ダーウィン      1809 ~ 1882

                (種の起源 1859)

 

マルクス       1818 ~ 1883

 

ドストエフスキー   1821 ~ 1881

ニーチェ       1844 ~ 1900

////////////////

 

19世紀は科学(19世紀科学)と無神論の時代、といっていいのかな?

ドストエフスキーも最初、無神論の革命運動に参加していけど、処刑寸前での助命とその後の獄中生活という壮絶な体験により転向(?)

 

しかし、ダーウィン進化論の影響は大きい。

19世紀において、「科学」というのはダーウィン主義のことだ、と言って差し支(つか)えないのではないか。

→ 「宗教」支配を崩(くず)した「科学」=ダーウィニズム

 

ダーウィニズムから派生した社会ダーウィン主義とその優性思想は二十世紀にロックフェラー財団カーネギー財団などに受け入れられ、その影響は戦後~現代日本にも及ぶ。

 

そして、ダーウィンは若いころにマルサス人口論を読んでいた、と。

 

マルサス人口論に関しては、大昔読んだ宇野弘蔵さんの本に、ネズミと人間を一緒くたにしたような論、というようなことが書かれていたいたっけか?

あまりにも簡単、あっさりと切り捨てられていたので(2~3行)、拍子抜けした記憶がある。(笑)

 

関係ないけど、

宇野弘蔵が社会運動としてのマルクス主義マルクス経済学とを切り離したのはまったく正当だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

あっという間に1月も下旬。

時の過ぎ去るのがとんでもなく速い。

 

この調子だと寿命もすぐに来そう。(^^;)

 

ただ、時の流れが恐ろしく速いと感じるのはわたしだけではないようで、若い人からもそんな感想を聞くことが多い。

 

ひょっとして程度の差はあれ、この国の人たちのほとんどが時の流れが「加速」しているように感じているのかもしれない。

 

「法滅尽経」(ほうめつじんきょう)という仏教の経典によれば、「劫(こう)が尽きようとするとき(つまり世界が終末しようとしている時)には日月がいつもより早く回転し(時が早く流れ)人の寿命も短くなる、

ということらしいので、現代ニッポンは案外それに近い状態なのかもしれない?

 

そのときの人間の寿命は男子はせいぜい60歳代まで、女子はそれより少し長く生きて70歳代、80歳代、時には100歳まで生きるということなので、この「寿命」も今の日本の状態に近いのではないだろうか?

 

と、ついつい救いようのない方向に話題が行ってしまうのは、わたしが去年の年末から病院通いの身の上だからだろう。

 

今日も病院へ。

 

 

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ボケの花に見送られて出発。

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撮(と)っているときは気がつかなかったのだけれど、一匹の猫がわたしを見ていた。(猫が写っているとは思わなかった。)

 

外出の途中で猫を見かけると、幸運とまではいかないけれど、わりとその日はラッキー、というのはわたしの何十年来のジンクス。

 

今日もその通りになって、年末に出てきた(悪化した?)3つの病気のうち、2つはほとんど心配がいらない程度に回復しているようだった。

もうひとつの病気(別の科)はやっかいだけど、体調が回復してきたので、そちらもなんだか見通しがつくような気がしてきた。

 

ということで、久々に明るい気持ちで病院を後にする。

 

帰り道、ちょっとお腹が空(す)いたので、パンと温かい紅茶を買って公園へ。

 

ベンチに座って、さあ食べようか、としていたら、目の前にムクドリが、

1羽、2羽、3羽・・・・、わらわらと集まって来る。

 

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以前はこんなときに集まってくるのはハトだったんだけどなァ。

 

ニッポンの官民あげての徹底した「ハトにエサをやるのはやめましょう~」キャンペーンとその圧力でハトが姿を消し、

ムクドリがその後釜(あとがま)に座ったのかな?

 

しかしこうなるとわたしの悪いクセで鳥さんたちの「要望」に応えたくなる。

 

あたりを見回して、「エサやり警察」になりそうな人がいないことを確認して、パンをちぎって丸めて、

「ホイ」   ← (タイホー (^^;))

 

やってみて、少し驚いた。

 

速度をつけてピュッと投げたにもかかわらず地面につくまでにサッとクチバシでキャッチしてしまう。

 

何度やってもそう。

 

わざと遠くに投げても

思いっきり速度をつけて投げても、ことごとく空中で受けてしまって、パン塊が地面に落ちることはなかった。

 

よくフリスビーを犬に追いかけさせて遊んでいる人がいるが、面白さはたぶんムクドリのほうが上ではないかという気がする。

なんといってもスピード感がダンチだし、鳥の空中での身体能力の高さは、ほとんど異次元だ。

 

夢中になっているうちに、気がつけばムクドリの数が増え、スズメも集まってきて、このあたりはハト(にエサをやっているとき???←容疑者)と同じだな~(笑)、と思っていたらハトも登場。

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しかし、なんだかねえ、東京のスズメはどれもひどく体が小さいし、ハトも以前のような元気さがなく、なんだかどんよりとして暗い表情のようにさえ見える。

 

長いこと人間(とくに日本の官民?(笑))の近くで生活してきたためにスズメもハトも人間(日本人?)の終末の影響を受けているのかもしれないなァ、なんて思ってしまう。

 

ともあれ、「スズメちゃん、ホイ。」「ハトさんホイ。」と近くを狙ってパン球?を投げてやるのだけど、ひとつとしてスズメやハトの口には入らない。

すべて途中でムクドリに横取りされてしまう。

 

「ナンダ~?この身体能力の差は?」

あきれるしかなかった。

ハトは極力わたしに近づいてパンをもらおうとするのだけれど、やはりダメ。

 

それでも、時間がたつうちに3つにひとつくらいはハトやスズメの口に届くようになってきたのだけど、これはどうもムクドリが動きを弱めたからのように思えた。

 

へんな話だけど、そうとしか思えないのだ。

ほとんど(ムクドリが)「飛ぶ」ことがなくなったし、と思って、ふとベンチの後ろを見たら、手を伸ばせば届くような近さのところに、ずっと止まっているムクドリが一羽。

 

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上に止まっているムクドリがリーダーなのかな?

なんだか風格を感じさせるような・・・。

(スズメたちにも慕われている?(笑))

 

しかし、この調子では私の口にはパンのひとかけらも入らないよなァ、なんて思っていたら・・・、

 

むふふ、

 

人間の子どもたち登場!

 

鳥たちは一斉に飛び立ち、あっという間にいなくなってしまった。

f:id:hibi333zakkan:20210123001059j:plain (← 左側からも子どもたちが駆けてきています。)

 

東京のノラ動物たちは子どもが苦手。(笑)

おかげで残ったひとかけらのパンがわたしの胃袋に納まることになった。(笑)

 

それにしても・・・、楽しかったな。

(元気をもらった。けっきょく鳥たちに応援されたみたいな気分。)

 

夢中になれて、エサやり警察にタイホ~?もされなかったのはやはり猫のジンクスに守られていたから? \(^^)/

 

みなさまはくれぐれもわたしのようなことをなされませんように。(笑)

 

 

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これは鳥たちが飛び去る少し前の動画です。

 

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それにしても、ハトの悲しいほどの「どんくささ」。

(再生速度を遅くすると、そのことがさらによく見えて・・・、)(T◇T)

 

公園などにいるドバトはすべて人間に飼われていたハトの子孫なので「野鳥」とはいえないですね。

人間無しの自然界ではおそらく絶滅するしかないのではないでしょうか?

 

それにしても、ノラ(野良)に徹底して冷酷かつ残酷な現代ニッポン。

犬、猫、ハト・・・・・・、人間も?(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやあ、残念。

除夜の鐘を聞こうと近場のお寺を回ったのだけれど、どこも鐘をついていないみたい。

 

帰ってベランダに出て耳を澄ませても鐘の音は聞こえない。

去年はかすかに聞こえていたんだがなァ。

 

仕方ないね。

う~寒ゥ~~ (><)

 

なかなか思うようにはいかない。

 

除夜の鐘はあきらめて、これから年越しの天ぷらそば。(^^)

蕎麦を食べて温(あたた)まろう。

 

テレビは11時30分くらいから紅白を見て、11時45分からはEテレの2355年越しをご一緒にスペシャル。

そのままあけましてねほりんぱほりん2021へ。

それが終わったら寝よう。

 

なんだかんだ、ちょっぴり大みそかから新年への気分にはなってきた。

 

とんでもない状況だけど、みなさん耐えましょう。

耐えて耐えて生き延びる。

 

それが2020から2021へということだと思う。

 

明ければ、

 

新年あけましてガンバロウ。

 

わたしはおめでとうとは言わない。

 

 

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それにしても12月の早い段階で手を打てなかったかねえ?日本政府。

www.asahi.com

 

アメリカは3度目の一律給付金支給。20万円?

オーストラリアは毎月一律給付金。やはり20万円?

 

日本は感染を広げ、結局は業者さんのクビを絞めるGOTO感染キャンペーン。

利権差別政策?

 

なんだか、国民に対する政府の姿勢が根本的に違っているという気がする。

(日本政府は国民を差別選別するのがお仕事?)

 

ただでさえ多い自殺者がさらに激増しているような状況では、とても「おめでとう」とは言えない。

 

 

 

 

www.asahi.com

今年も今日と明日の2日だけに

なってしまった。

 

今年はとくにいいことも悪いこともなかった平穏な年だったかな、と思っていたら、この年末に思わぬところからひょっこり病気が出てきて病院通い。

 

健康には十分注意していたはずなんだけどなァ。

 

どこから何が出てくるかわからない。

(あれ?と思って病院に行ったら、え?え?え~~~!

それまでピンピンしていたのがハァ~、と一気に病人モード。)

 

なんだかねえ、

こうなると、逃(のが)れ得(え)ぬ運命なんてものを感じてしまう。(大げさ?(笑))

 

日頃ブログなどでお医者さん(というより医療体制)に批判的なことを書いていて、お医者さんにはかかりたくないな~、と考えていたら、逆にこうなってしまう。

 

このあたりがわたしの運の悪いところで、「いやだ、いやだ」と思っていることが現実化してしまう確率がとても高い。(笑えない)

 

幸田露伴の小説の中の言葉ではないけれど、

「一度、運命というヤツの顔が見てみたい。」

という気持ちになってくる。

 

でもまァ、わたしの場合、これまでずいぶんお医者さんや医療制度のお世話になり、助けられてきながらお医者さん?の悪口を書いてきたわけで、天罰(てんばつ)が下った、という見方もできるので、そう考えるとちょっと納得できる。(笑)

 

でも、日本の医療体制への批判的なスタンスは変えないつもり。

(この先。より悪い方向に行く可能性もあると思っているので。)

 

誰もがお世話になるお医者さん、病院だからこそ、医療やその制度について民衆の側からも大いに論議されるべきだと考えている。

 

とか何とか言っても、こうなってしまえば病院、今の制度に頼るしかないのが現実で、

 

来年は当分病院通い。

 

ため息と自嘲(じちょう)の笑しか出ない年の暮れになってしまった。

 

明日はお寺に除夜の鐘でも聞きに行こうかな?

(できたら撞(つ)きたい。)

 

病(やまい)得て 鐘を聞くなり 大晦日     ← 添削よろしく~

 

病得て 鐘を撞くなり 大晦日   こっちのほうが少しいいかな?(^^;)

 

 

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こんなyoutube動画がありました。

 

[http://:ti

 

いいですね。(^^)こういうこと教えてもらうの助かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

12月5日の夜、

新宿ピットインでの山下洋輔SPECIAL SESSIONに行ってきた。

 

関西にいたころはよくジャズライブの店に行っていたのだけど、東京に定住してからは初めて。

実に〇十年ほどジャズライブのお店にはご無沙汰だった。

そして山下洋輔さんのライブを見るのも〇十数年ぶり。

(〇の中の数字はあまり詮索(せんさく)しないでください。二、三、四、五、六、七八のどれかということで。(^^;))

 

〇十数年前、学祭に来てくれた山下洋輔トリオの演奏を聞いたのがわたしのジャズとの最初の出会いだった。

 

当時、学祭は自治会の主催でわたしは自治会の役員として名前を貸していて(?)その延長で学祭の実行委員にも名前を連ねていた。

(いちおう情宣部長という肩書。仕事はまったくしなかったけど・・・。)

 

その年の学祭は、学園紛争の後、長きにわたってあるかないか状態だった学祭を本格的に再建しようということで企画され、音楽関係のイベントもドカンといきましょうや、ということになって、自治会公認の音楽サークルが担当になって話を進めていた。

 

音楽に無知だったわたしはダラ幹よろしくタバコをふかしながら、音楽サークルの人たちに、

「拓郎(吉田)か陽水(井上)でも呼んできてよ。」

なんて言ったものだった。

 

内心、このバカと思われていたかどうかはともかく、サークルの責任者は

「あ、そうですね。交渉してきます。」

と爽(さわ)やかに答えてくれた。

 

その後、東京に出演交渉に行ったメンバーから、拓郎、陽水は出演料その他の費用で折り合いがつかなかった、と連絡があり、

(いまから考えると、まともに交渉したかどうか疑わしい・・・。(笑))

かわりにジャズのすごいトリオが来てくれることになりました、とのことだった。

(最初からこちらが本命だった?なにせ当時の音楽サークルはジャズが全盛で、軽音サークルなどもジャズをやっていた。)

 

わたしは田舎者丸出しで、ジャズ?ナニそれ?

と、イメージも何も持てない状態で、

山下洋輔トリオと聞いても?????、

まったく知らなかった。

(周りの反応を見て知ったかぶりしたけど。(汗))

 

そのあとは、大きなホールでやると聞いて「へー」と思ったくらい。

 

当日、実行委員会の他のメンバーから

「凄(すご)いよ」

と聞かされて、演奏中の会場に入って驚いた。

 

ホールの中はびっしり満員。

しかも、お客さんはほとんどが学外からきた人たちばかりで、学生は少数派の大人の世界が広がっていた。

 

そして何より演奏の迫力。

わたしのそれまでの音楽のイメージを覆(くつがえ)す異次元体験だった。

 

わたしは、ホールの一番後ろ、出入り口の近くに、立ちすくんで演奏に引き込まれていた。

茫然という様子だったと思う。

 

それからわたしはジャズにハマり音楽と言えばジャズとなった。(^^;)

ジャズ喫茶で多くの時間を過ごし、お金があるときはジャズライブのお店にも行くようになった。

 

あのころは関西にもジャズ喫茶やジャズライブの店がいっぱいあって、それらの店のひとつひとつがわたしのいい思い出になっている。

 

・・・と、わたしもトシなのかなァ。

ついセンチメンタル・メモリーズに浸(ひた)ってしまう。(笑)

 

東京に出てきてからは生活に追われるばかりて、ジャズ喫茶やジャズライブのお店には行かなくなり、もっぱらCD,最近ではyoutubeでジャズを聴くくらいだったのだけれど、ネットで山下洋輔さんのライブが新宿ピットインであることを知り、何十年かぶりでライブを見に行く気になった、というわけ。

 

それにしても、関西の店でも感じたことだけど、ジャズライブの店はどこもこじんまりしている。

新宿ピットインもそれほど大きなスペースではなく、しかも今はコロナ禍で座席数を半分に減らしているのだとか。

 

はたしてそれで採算が合うのか?

 

しかもこの夜ときたら、

山下洋輔(p)、坂井紅介(B)、江藤良人(Ds),池田篤(As),川島哲郎(Ts)、松本治(Tb)と、錚々たるメンバーの6人編成。

 

これで、入場料とキャパを考えると、採算どころかほとんどボランティア?

 

あのとき(学祭)、出演交渉をした人から聞いた、

「お金のことを考えたらジャズなんてやってられませんよ。」

と言ってくれたという、山下洋輔さんの言葉を思い出す。

 

そのときふと、30歳くらいで髪の毛も黒々としていた山下洋輔さんと、いまの白髪の山下洋輔さんが重なり合った。

 

わたしはジャズにはまって正解だったなァ、と思う。

あの時から今までの〇十数年間、われながらロクでもない人生だったな、と思うけど、ま、いいか、と思わせるものがジャズにはある。

 

冷たい雨が降った12月5日の夜に行ったこのライブもわたしの上質の思い出になりそうだ。

 

トシをとってもいい思い出を作ることはできるんだな。

 

ジャズに感謝。

 

 

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それにしても、この何十年間かで、お金がすべて、の価値観が徹底されてきているなァ。

 

映画なんとかの刃が興行収入288億円突破とか・・・、そのことが作品の価値であるように日本人のほとんどの人が思っている。

お金がすべての価値の物差しになっていることがよくわかる。

 

資本主義の末期段階。

 

それでも、ジャズや(浅川マキさんのような)ブルースは不滅であると信じたい。

いや、不滅でなくてはならない。

 

不滅の刃ならぬ不滅のジャズ。\(^^)/

 

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しかし・・・、

日本のジャズ界を取り巻く環境はとても厳しくなっているようだ。

 

こちら、ジャズベーシスト納浩一(おさむこういち)さんのブログ・・・。

 

ジャズを取りまく状況について一言。 | ベーシスト 納浩一オフィシャルサイト

 

わたしのブログの方の表題ではないけれど、

まさに

「何のために生きているんだ?」

と叫びたいような、ニッポンの現状。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けさも起きて、顔を洗った後

パソコンを開いてみたら、こんなツイートが。

 

『安倍政権が「事実と異なる国会答弁」森友問題で139回。

 「衆院調査局は24日、森友学園問題に関して2017年2月から18年7月に  安倍政権が行った事実と異なる国会答弁が計139回あったと明らかにした。」』

 

これを見て、最初にわたしのアタマに浮かんだのは「ギネス登録できるのでは?」。

う~ん。わたしもかなりズレてきた。ヤバイ。(笑)

 

安倍前首相よかったね~。

政治家として世界の頂点に立ったじゃないの。(ウソの回数で。)

 

 

 

つぎに来たのが、コロナに関する一連のツイート。

 

『大阪重症者103人。(11/24)』

 

東京よりもはるかに多い!そういや、感染者数も東京を抜かした日があったような・・・。

これ、大変なことだと思うのだけど、メディアは維新の会に都合の悪い事実は絶対に大きく取り上げない。

 

これは、安倍前首相がボロを出し過ぎてもう使いものにならないと見た、庶民・弱者いじめ勢力(誰だ?)がアベ前首相やスガアベカイライ首相の後釜(あとがま)として維新に期待しているからではないだろうか?

 

とくに期待されているのが吉村大阪府知事のようで、テレビ局の下にも置かぬ丁重な扱いなどを見るとそのことがよくわかる。

 

吉村府知事といえば、何といっても、あのサラ金覇者武富士のスラップ訴訟担当弁護士だったという経歴が光っている。※

 

庶民や貧者、弱者をいじめるのにこれほど適した人材はない。

 

この次の選挙では自民党の減少分を維新が補うのだとか。

 

ということで、またもや朝っぱらから果てしなく暗い気分にさせられる。

 

他にもコロナ関連のツイートが。

 

『GOTO(私注:なんだか「強盗」と読めてきた。:(^^;))を利用する人はお金と時間に余裕がある人ばかり。観光、宿泊施設で働いている人たちは感染するかもしれないという危機感を常に感じながらも休みもないうえ、今まで通り変わらない接客をしています。GOTOを利用できない人と何度も利用している人・・・なんか腑(ふ)に落ちない。』

 

『#飲食店への自粛要請は企業への残業自粛(ざんぎょうじしゅく)要請とセットでお願いします。』

 

等々、庶民の悲鳴、呻(うめ)きが続々と・・・。

 

政府の無策(無為?)による自殺者が急増する中で、とくに女性の自殺者が増えているのは女性の非正規労働比率が高いためか?

 

しかし、死者はもう何も言えない・・・。

 

この国はこうして近代の歴史を積み重ねてきたんだなァ。

 

 

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今日は、最近またハマっている「漢詩」について書こうと思っていたのだが、突き付けられたリアルな現実が酷すぎて、そんな気分ではなくなってしまった。

 

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※スラップ訴訟(SLAPP

社会的強者(政治家や大金持ち、大企業およびその役員など)が社会的に弱い立場にいる個人や市民、被害者などを相手どり、言論の封殺(ふうさつ)や威嚇(いかく)を目的として行われる訴訟。恫喝(どうかつ)訴訟とも言われる。

 

アメリカには反スラップ法があるが、日本にはない。(日本の裁判所は徹底して強者の味方(下僕)のよう。)

政・官あげて、「弱きをくじき強きを助ける」お国柄。(自民党、維新、官僚、警察、裁判所、等々・・・。)

 

ヤバイ、書いているうちにだんだん腹が立ってきた。(笑)

 

今日はこれで書き止め~。(笑)

 

コーヒー飲んで気持ちを落ち着けよう。

けさパソコンを開いたら、

東京新聞の望月衣塑子記者のこんなツイートが届いていた。

 

『日本の研究者が育たなくなった大きな契機を作ったのが、小泉首相竹中平蔵氏が推し進めた国立大の法人化だ。2005年からの10年で日本の論文数は9850本減り、減少数はワースト1に。』

 

国立大学と言えば、東京大学法学部のような困った存在もあるが、理系はそれなりに成果を上げていたと思う。

ノーベル賞受賞者の数にそれが現れていたし、日本の高い技術も支えていた。

 

わたしは、文系は私立大学中心でもいいが、理系はやはり国の大きな支えのある体制で行くべきだと思う。

 

これまで成果を上げていた、あるいは問題なくやれていたものをいじくりまわしてダメにするというのは愚か者のやることだ。

 

これは今の改憲論者にも言えること。

 

このツイートには竹中平蔵氏のこんなコメントも載せられていたが、↓

 

『大学というのは聖域ではないということですよね。科学技術や研究費も聖域ではない。」

 

これは日本の現実からすると日本破壊工作としか言いようがない。

 

あと、竹中氏はアメリカの大学を念頭においているのかもしれないが、アメリカの有名大学というのは財閥立大学とでもいうべきものではないか?

アメリカは財閥の支配する国で、財閥国家なのだ。

                  ↑

               これはわたしの私見

 

この財閥の資力は日本国を大きく上回るだろう。

 

そこで成果が上がっているからといって日本がアメリカのマネをしてどうなるというのだ?

 

竹中平蔵氏はアメリカにお帰りになったほうがいいのではないかと思う。

(たぶん、アメリカでの永住権は獲得しておられるでしょう。)

 

                 

 あと、リテラさんからの記事も届いていた。

 

lite-ra.com

 

わたしは、トランプ大統領は戦争をしなかったからいいんじゃない?と思っていたが、こういう人たちが必死でトランプ大統領を擁護しているのを見ると、やはり、トランプさんでなくてよかったのかな~、なんて考え始めている。(笑)

 

それにしても,あの安倍政権にぶら下がっていたこういう人たちが「不正選挙」を声高に叫ぶなどというのは、もはやマンガにもならない?ブラックジョーク?(笑)

 

いやあ、朝っぱらから刺激的なこと。

今日一日が思いやられる。(笑)