このところ

あまり精神状態(せいしんじょうたい)がよろしくなくて引(ひ)きこもりがちだったのだけれども、ずっと診(み)てもらっている病院(びょういん)の診察日(しんさつび)だったので、仕方(しかた)なく外出(がいしゅつ)。(笑)

 

病院に行(ゆ)く途中(とちゅう)で通(とお)った公園(こうえん)で桜(さくら)が満開(まんかい)になっていた。

 

 

足(あし)もとの花壇(かだん)を見(み)ると、春(はる)の草花(くさばな)も咲(さ)ききっている。

昨日(きのう)一日中(いちにちじゅう)降(ふ)った雨(あめ)で土(つち)が湿(しめ)っているのが春(はる)らしくていい。

 

診察(しんさつ)を終(お)え薬(くすり)をもらって帰途(きと)につく。

 

実(じつ)は精神状態(せいしんじょうたい)同様(どうよう)、体調(たいちょう)も、どこの部分(ぶぶん)がというわけではないのだが、全体的(ぜんたいてき)に重(おも)くこわばった感(かん)じが続(つづ)いていて、こちらでも少(すこ)ししんどい思いをしていたのだが、

その苦(くる)しさは精神面(せいしんめん)から来(き)ていると思(おも)っていたので、主治医(しゅじい)の先生の「どうですか?」といういつもの問(と)いには「変(か)わりありません」と答(こた)えた。

それでも、先生、

「次回(じかい)、血液検査(けつえきけんさ)をしましょうかねえ、うーん、その次(つぎ)」でもいいかな。」

 

このあたりがお医者(いしゃ)さんのコワイところ(笑)。

なかなかウソやごまかしが通(つう)じない。

 

それにしても、立派(りっぱ)な総合病院(そうごうびょういん)で同(おな)じお医者さんに4年もずっと診(み)てもらっているなんてのは幸運(こううん)なことだ。

 

この6,7年の間(あいだ)、頚椎症(けいついしょう)から始(はじ)まって4種類(よんしゅるい)の病気(びょうき)をしたが、いずれもいいお医者さんに当(あ)たって、すべて治癒(ちゆ)、あるいは安定(あんてい)している。

不運(ふうん)続(つづ)きの人生(じんせい)だと思っていたが、お医者さん運(うん)だけはいいのかもしれない。(笑)

 

それと、やはり東京(とうきょう)は医療(いりょう)の水準(すいじゅん)が高(たか)いと思う。

地方(ちほう)との情報格差(じょうほうかくさ)が少(すく)なくなった今日(こんにち)、東京(とうきょう)に住(す)むメリットといえば医療が充実(じゅうじつ)していること、    くらいかな?(笑)

 

・・・、

あと、個人的(こじんてき)には図書館(としょかん)と古書店(こしょてん)が多(おお)いこと。

交通機関(こうつうきかん)も・・・だけど、

これは地方(ちほう)の交通事情(こうつうじじょう)が悪(わる)すぎる、ということがあると思う。東京というより大都市(だいとし)と田舎(いなか)の格差(かくさ)がひどいのだ。

 

まったく、日本(にほん)の地方(ちほう)、田舎(いなか)を滅(ほろ)ぼしたよなァ、国鉄民営化(こくてつみんえいか)・・・

 

おっと、ブツブツが始(はじ)まった。(笑)

 

それにしても、わたしがなぜこの何週間(なんしゅうかん)かのあいだ心身(しんしん)の不調(ふちょう)に悩(なや)まされているのか?

その原因(げんいん)を別項(べっこう)で考(かんが)えてみた。 ⤵

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とは言(い)っても、医学(いがく)、医療(いりょう)のど素人(しろうと)があれこれ考(かんが)えても仕方(しかた)ない。(笑)

妄想(もうそう)がふくらむだけだ。

これは、症状(しょうじょう)を正直(しょうじき)に言(い)ってあとはお医者さんにまかせるしかない。

何事(なにごと)もこじれたらプロにお願(ねが)いするのがイチバン。(笑)

原因(げんいん)を調(しら)べるのもね、自分(じぶん)で勝手(かって)に判断(はんだん)することは慎(つつしみ)みたい。

 

ただ、わたしは不調(ふちょう)の原因(げんいん)を老化(ろうか)のせい、とあきらめる傾向(けいこう)が強(つよ)いのだけど、そのことを主治医の先生に言ったら、

「老化(ろうか)も病気(びょうき)と考(かんが)えて治(なお)す努力(どりょく)をしましょう。」

なるほど。

そう言っていただくと、老人(ろうじん)にとってはありがたい、というか心強(こころづよ)い。

 

わたしの母(はは)は94歳(さい)まで生(い)きたのだけど、70歳代(さいだい)の頃(ころ)通(かよ)っていた町立病院(ちょうりつびょういん)でお医者さんに不調(ふちょう)を訴(うった)えたところ、「寿命(じゅみょう)だね。」と言われ、ぷりぷり怒(おこ)っていたのを思(おも)い出(だ)した。(笑)

 

まあ、プロにもいろいろな考え方(かた)がある、ということだろう。… (笑)

 

ともあれ、身体(からだ)でも精神(せいしん)でも不調(ふちょう)の原因(げんいん)がわかればすっきりして解決(かいけつ)の道筋(みちすじ)も見えてくる。

 

人間の身体も自動車(じどうしゃ)のような機械(きかい)と基本的(きほんてき)には変(か)わらないと思うので、これはお医者さんにお願(おねが)いするしかない、ということで。(笑)

                    

                             (^^)

 

問題(もんだい)は精神面(せいしんめん)で、これはちょっと変(へん)な話(はなし)になって恐縮(きょうしゅく)なのだけど、⤵

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・、これは日(ひ)を改(あらた)めよう。

なんだそれ、と笑(わら)われそうだけど・・・、うーーーん(笑)

2月(にがつ)8日(ようか)。

今日(きょう)は第51回(だいごじゅういっかい)衆院選挙(しゅういんせんきょ)の投票日(とうひょうび)。

 

朝(あさ)起(お)きると、雪景色(ゆきげ(ゆきげしき

このあたりに住(す)みついている1羽(いちわ)のカラスが悲(かな)しそうに鳴(な)いている。

 

今日(きょう)投票(とうひょう)に行(い)く人(ひと)たちはたいへんだろうな。

 

わたしは昨日(きのう)投票(とうひょう)を済(す)ませてきた。

わたしは(なぜか(笑))期日前(きじつまえ)投票(とうひょう)に不安感(ふあんかん)を抱(いだ)く質(たち)で、これまではずっと投票日(とうひょうび)当日(とうじつ)に行っていたのだけれど、さすがにあの天気予報(てんきよほう)ではね。(笑)

 

昨日(さくじつ)の期日前(きじつまえ)投票所(とうひょうしょ)には長(なが)い行列(ぎょうれつ)ができていた。


これほどのものは経験(けいけん)がない。

投票所(とうひょうしょ)の玄関(げんかん)ではマスメディアが三社(さんしゃ)ほど出口調査(でぐちちょうさ)をしていたが、こんな光景(こうけい)を見(み)るのも初(はじ)めてだった。

 

今回(こんかい)の選挙(せんきょ)の重要(じゅうよう)さがうかがえる。

 

車椅子(くるまいす)で来(き)ている人や杖(つえ)をついた高齢者(こうれいしゃ)の悲愴感(ひそうかん)漂(ただよ)う表情(ひょうじょう)が印象(いんしょう)に残(のこ)った…

国民(こくみん)の願(ねが)いの届(とど)く選挙(せんきょ)でありますように、と願(ねが)うばかり。

戦争(せんそう)になると弱者(じゃくしゃ)は生(い)きていけないからね。

近年(きんねん)の戦争(せんそう)は残酷(ざんこく)さが増(ま)しているから、なおさらだ。

 

“ 泥棒(どろぼう)が 十手(じゅって)を持(も)ちて 国(くに)滅(ほろ)ぶ “

というのも困(こま)る。(笑)     (^^;)

 

・・・・・・・・・・・・・、

しかし、見通(みとお)しは甘(あま)くないようだ。

 

悪(わる)い方(ほう)へ悪い方へと流(なが)されていっているような日本(にほん)と世界(せかい)の情勢(じょうせい)を見(み)いるとね、

絶望的(ぜつぼうてき)な結果(けっか)も予想(よそう)される。

 

そのときは

しょせんこの娑婆(しゃば)世界(せかい)は煩悩(ぼんのう)や悪業(あくごう)に耐(た)え忍(しの)ぶ世界(せかい)なのよ、

と観念(かんねん)するか。

 

この世(よ)は易(やす)きこと無(な)し、尚(なお)火宅(かたく)のごとし

衆苦充満(しゅうくじゅうまん)して、甚(はなは)だ怖畏(ふい)すべし

 (欲令衆(よくりょうしゅう)。原文(げんぶん)は、世界→三界(さんがい))

 

しかし、そういう世界(せかい)を少(すこ)しでも良(よ)くしていこうとするところに妙味(みょうみ)があるんだよね。

 

大(おお)きな悪(あく)に対(たい)する小(ちい)さな抵抗(ていこう)ではあっても、やらないよりはやったほうがいい。

 

その意味(いみ)で、自分(じぶん)の良心(りょうしん)にしたがって投票(とうひょう)できるということは素晴(すば)らしいことだと思(おも)う。

 

ネバーギブアップ! \(^^)/

大きな悪に対するささやかな抵抗(ていこう)の気持(きも)ちを持(も)ち続(つづ)けることが大切(たいせつ)なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年 → 2026年。

年越(としこ)し。

 

大晦日(おおみそか)にはどこかのお寺(てら)で除夜(じょや)の鐘(かね)を聞(き)こうと思(おも)ってネットで調(しら)べたのだけど、

どこのお寺も遠(とお)くて、しかもつき始(はじ)めが午前(ごぜん)0時(れいじ)(新年(しんねん)?)頃(ごろ)開始(かいし)とか、遅(おそ)いので、帰(かえ)りの交通機関(こうつうきかん)のことなども考(かんが)えて断念(だんねん)。

 

わたしが高校卒業(こうこうそつぎょう)まで住(す)んでいた田舎(いなか)のお寺では年(とし)が明(あ)ける前(まえ)に鐘(かね)を撞(つ)き終(お)えていたので、最近(さいきん)の傾向(けいこう)?にはちょっと違和感(いわかん)がある。

 

お寺の鐘が終(お)わって、しばらくして新年(しんねん)になると、少(すこ)し離(はな)れた神社(じんじゃ)から参拝者(さんぱいしゃ)の叩(たた)く太鼓(たいこ)の音(おと)が聞(き)こえてくる。

 

そんな年越(としこ)しだった。

 

と、わたしも田舎を懐(なつか)かしむトシになったか。(^^;)

 

しみじみ。(笑)

 

しかし、もう懐かしんでいる年(とし)ではないんだよなあ。あと2年で日本政府(にほんせいふ)にいつまで生(い)きているんだと言(い)われかねない?後期高齢者(こうきこうれいしゃ)だ。

 

この年になれば、もう後(うし)ろは振(ふ)り返(かえ)っておられない。

前(まえ)(=あの世(よ))を向(む)いて生きなくては。

ポジティブにね~。(笑)

 

それはさておき(笑)

 

大晦日(おおみそか)の夜(よる)、どことコースも決(き)めず散歩(さんぽ)に出(で)る。(ほぼ徘徊(はいかい))

これまで通(とお)ったことのない道(みち)を歩(ある)いたのだけど、驚(おどろ)くほど人(ひと)に会(あ)わない。

静寂(せいじゃく)そのもの。

こういうのもいい。

 

帰(かえ)り道(みち)、不法投棄(ふほうとうき)らしい?ゴミが捨(す)ててある場所(ばしょ)を通(とお)る。

ここはけっこう通る道で、大きな家電製品(かでんせいひん)や机(つくえ)、椅子(いす)などの粗大(そだい)ごみが捨(す)てられている。

通りがかるたびに新(あたら)しいものが捨てられていて、

へー、こんなもの捨てるんだといつも感心(かんしん)するのだけど(笑)、

今回(こんかい)はとくに気(き)になるものがあった。

     

          

おそらく子(こ)どものために買(か)ったであろうぬいぐるみ。

まだ新(あたら)しいもののように見(み)える。

 

どんな事情(じじょう)があったか知(し)らないけれど、お子(こ)さんのいる家庭(かてい)が不法投棄というのはいただけない。

ため息(いき)が出る。

ただ、これはモラルの問題(もんだい)というより、親御(おやご)さんに精神的(せいしんてき)な余裕(よゆう)がなかったことを物語(ものがた)っているのではないだろうか?。

日本が親子心中(おやこしんじゅう)、一家心中(いっかしんじゅう)の特異国(とくいこく)だから気(き)にかかる。

そういえば、以前(いぜん)、近(ちか)くの保育園(ほいくえん)の前(まえ)の空(あ)き地(ち)に乳母車(うばぐるま)バギーが放置(ほうち)されていて、工事(こうじ)で撤去(てっきょ)されるまで何(なん)カ月(げつ)もそのままだった。あれも何(なに)だったのだろう?

 

非正規化(ひせいきか)、生活(せいかつ)の不安定化(ふあんていか)が進(すす)んだこの国(くに)で家庭(かてい)を維持(いじ)し、子(こ)どもを育(そだ)てるのは大変(たいへん)だろう。

 

庶民(しょみん)がいったん躓(つまづ)けばとことん追(お)いつめられる(※)社会(しゃかい)だから、ささいなことも気(き)になる。

  ((※)とくに精神的(せいしんてき)に)

 

身(み)も心(こころ)も冷(ひ)え切(き)って帰宅(きたく)。

 

youtubeで除夜の鐘を配信(はいしん)していないかとさがしたら、京都(きょうと)知恩院(ちおんいん)の鐘つきが始(はじ)まっていた。

            (知恩院さんのページより)

 

えーい、ひとーつ

そーれ

ゴーン。

 

掛(か)け声(ごえ)と鐘の音(おと)を聞(き)きながら、そばを食(た)べて、そのまま年越(としこ)し。

 

108の煩悩(ぼんのう)が消(き)えれば解脱(げだつ)ということになるのかな?

 

しかし、わたしのような凡夫(ぼんぷ)には、ひとつの煩悩を消(け)すことさえ至難(しなん)の業(わざ)だ。

ここはやはり仏様(ほとけさま)にすがって

 

ともかくも あなたまかせの 年(とし)の暮(く)れ (小林一茶)    

 

となる。(^^)

小林一茶(こばやしいっさ)は門徒(もんと=浄土真宗(じょうどしんしゅう)の信者(しんじゃ))だったのでここでの「あなた」は阿弥陀如来(あみだにょらい)なのだけど、

 

大乗仏教(だいじょうぶっきょう)の仏様、つまり如来(にょらい)は多(た)にして一(いつ)、一(いつ)にして多(た)、というような面(めん)があるので、仏様はどなたでもよいかと。(^^;)

 

ともかくも謹賀新年(きんがしんねん)

今年がいい年になりますように。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

何より、いい政治(せいじ)が行(おこな)われるようになりますように。



 

 

 

 

 

 





 

 

2025年12月。

言(い)い古(ふる)されてきたことだけど、ほんとうにあっという間(ま)に時(とき)が過(す)ぎる。

こちらは去年(きょねん)の12月(じゅうにがつ)に撮影(さつえい)した銀杏(いちょう)の木(き)。


そしてこちらは今年(ことし)の12月。同じ木の下に落ちていた銀杏の枯葉(かれは)だ。

春(はる)のまだ肌寒(はださむ)いころに芽(め)を出(だ)し、夏(なつ)に青々(あおあお)と茂(しげ)った後(あと)、秋(あき)に色(いろ)づき、いまは枯(か)れて落(お)ちている。

トシを取(と)って記憶力(きおくりょく)が悪(わる)くなっているせいか、そういうことが一瞬(いっしゅん)のうちに起(お)きているような錯覚(さっかく)に襲(おそ)われる。

 

エネルギーが過剰(かじょう)なほどあった若(わか)い頃(ころ)と、エネルギーの減少(げんしょう)を身(み)に染(し)みて感(かん)じる今(いま)とでは1年(いちねん)の量(りょう)と質(しつ)がまったく違(ちが)うように感(かん)じる。

 

目(め)も悪(わる)くなっていて、読書(どくしょ)も3.0(3倍)の老眼鏡(ろうがんきょう)をかけて活字(かつじ)をぼちぼち追(お)って、1日(いちにち)に本(ほん)を数(すう)ページ読(よ)むのがやっと。

 

それでもそうやって、このあいだカルロ・ロベッリ著(ちょ)「すごい物理学(ぶつりがく)講義(こうぎ)」を読了(どくりょう)した。

 

今のわたしの興味(きょうみ)、関心(かんしん)に合致(がっち)していて、かつ内容(ないよう)も充実(じゅうじつ)したいい本(ほん)だった。

 

まだわたしにも運(うん)が残(のこ)っているのかな。(笑)

 

ただ、読んでいるときは、「面白(おもし)い、面白い。」「なるほど、なるほど」なのだけど、読み終(お)わるや、内容(ないよう)の多(おお)くが記憶(きおく)から消(き)えてしまっていて、「あれ?」となるのがつらいところ。(笑)

 

重要(じゅうような)な部分(ぶぶん)はメモを取(と)るのが必須(ひっす)となっている。

 

で、メモでこの本から得(え)たものを振(ふ)り返(かえ)ってみると、

 

①「場(ば)とは何か」というところから始(はじ)めて「場の理論(りろん)」がとても分(わ)かりやすく説明(せつめい)されていたこと。

 

② 「無限(むげん)は無(な)い」ということ。

わたしは以前(いぜん)から、すべてのものは有限(ゆうげん)である、と思っていたので、物理学(ぶつりがく)の方面(ほうめん)からこういう考(かんが)えが出(で)てきていることに思(おも)わずバンザイしてしまった。(笑)

「空間(くうかん)を無限(むげん)に分割(ぶんかつ)することはできず、無限(むげん)に小(ちい)さな点(てん)は存在(そんざい)しない。」

「宇宙(うちゅう)は巨大(きょだい)であり、しかし同時(どうじ)に、有限(ゆうげん)である。」

そして、

「ほんとうに無限(むげん)なものがあるとしたら、それはわたしたちの無知(むち)だけである。」

なんとも明解(めいかい)。

 

・・・・・・・、

でも、わたしのような門外漢(もんがいかん)があまり本の内容(ないよう)に踏(ふ)み込(こ)んでも何(なん)なので、

とにかくとても面白いから、そちらの方面(ほうめん)に興味(きょうみ)のある人(ひと)はぜひ本を買(か)って読(よ)んでくださいということで(^^)

 

ひとつだけ、わたしが最(もっと)も興味(きょうみ)深(ぶか)かったところ

 

(2024年11月24日のブログ記事

hibi333zakkan.hatenadiary.jp

と、2025年1月16日の記事を参照してください。)

 

それは、この部分(ぶぶん)(抜(ぬ)き書(が)き)

『~、ジョン・ホイーラーは、~、「イット・フロム・ビット」というスローガンを考案(こうあん)した。~、「ビット」は情報(じょうほう)の最小(さいしょう)単位(たんい)であり、~、「イット」は「あらゆるもの」を含意(がんい)している。したがって、このスローガンを分(わ)かりやすく言(い)い換(か)えるなら、このようになる。「すべては情報(じょうほう)である。」

(これだけでは、ちょっとわかりにくいと思うので、気(き)になる方(かた)は本を読んでください。スミマセン。(笑))

 

つまり、わたしたちのこの宇宙は「情報(じょうほう)の網(あみ)」で出来(でき)ている?

 

わたしはこの宇宙を情報(じょうほう)の海(うみ)と考(かんが)えた方(ほう)がイメージしやすいと思うのだが、

・・・・・・・、

ところで、これ、アーラヤ識(しき)そのものではないだろうか?(これが言いたかった。(^^))

 

アーラヤ識(しき)は我(われ)にありて我にあらず。

そしてアーラヤ識はすべての情報(じょうほう)を蔵(ぞう)し、われわれ人間を含(ふく)めたすべての生(い)きもの(無生物(むせいぶつ)や環境(かんきょう)も?)はアーラヤ識によって輪廻(りんね)する。

原子(げんし)などの粒子(りゅうし)がエネルギーの塊(かたまり)であるように※、わたしたち人間(にんげん)を含(ふく)めたすべてのものは情報の海の中の結節点(けっせつてん)である(つまり情報そのもの。)、と考えれば、唯識論(ゆいしきろん)におけるアーラヤ識がすごくイメージし易(やす)いのだ。

 

(※わたしはこの宇宙が情報とエネルギーで出来ているのではないか、と思っていたが情報に集約(しゅうやく)されるようだ。)

 

お気づきのようにわたしは科学をぶっ飛ばして仏教(唯識論)のことを考えているわけだけど(笑)、もしこの宇宙がアーラヤ識で出来ているとすると、そのアーラヤ識も越(こ)える如来(にょらい)はこの宇宙の存在(そんざい)ではないということになる。

実際(じっさい)、空海(くうかい)は即身成仏義(そくしんじょうぶつぎ)で、如来はこの世界では「不生(ふしょう)」としている。

つまりこの宇宙で生(う)まれるものではないと・・・。

(これって、この宇宙を有限と考えないと出てこない見方(みかた)じゃないかなあ・・・。)

 

・・・・・、うー、アタマが疲(つか)れた。年取(としと)ってカスカスになった頭で考えすぎると健康(けんこう)に良(よ)くない。(笑)

まあこういうことはぼちぼち考えることにして、

今年(ことし)の大(おお)みそかはどこかのお寺(てら)に参(まい)って除夜(じょや)の鐘(かね)を聞(き)きたいな。

108の煩悩(ぼんのう)の分析(ぶんせき)なんてのもスゴイことだ。

日本(にほん)の場合(ばあい)、現代人(げんだいじん)より昔(むかし)の人の方(ほう)が深(ふか)く物事(ものごと)を考(かんが)えていた。

いつから日本人(にほんじん)は深(ふか)い思考(しこう)も想像力(そうぞうりょく)も失(な)くしてしまったのだろう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 

11月(じゅういちがつ)の晴(は)れた日(ひ)は

外(そと)に出(で)ないともったいない。

 

ということで、珍(めずら)しく昼(ひる)の散歩(さんぽ)。

 

 

『秋(あき)の日(ひ)の 木漏(こも)れ日(び)うれし 鳩(はと)が飛(と)ぶ』

 

そんな句(く)が頭(あたま)に浮(う)かんだ。

 

昭和(しょうわ)21年(にじゅういちねん)11月(じゅういちがつ)3日(みっか)に日本国憲法(にほんこくけんぽう)が公布(こうふ)されたのを記念(きねん)して11月3日が文化(ぶんか)の日になった。

 

なるほど、平和(へいわ)がなくては文化(ぶんか)も育(そだ)たない。

昔(むかし)の人(ひと)はよく考(かんが)えていたなァ、と感心(かんしん)する。

 

ところで、ハトやカラスたちは不毛(ふもう)に見(み)えるグランドで何(なに)をついばんでいるのだろう。(^^;)

 

小(ちい)さな花壇(かだん)で蜂(はち)が美味(おい)しそうに蜜(みつ)を吸(す)っていた。

 

歩(ある)いているとやたら柿(かき)が目(め)につく。

 

写真(しゃしん)を撮(と)っていると、通(とお)りかかった、わたしより5、6歳(ごろくさい)年上(としうえ)くらいに見(み)えるばっちゃまが、

「食(た)べるのにはまだ早(はや)いよ。」

「い、いや、取(と)って食(た)べようとは思(おも)っていませんので。」

と、わたし。

あーあ。(笑)

李下(りか)に冠(かんむり)を正(ただ)さず

とはよく言(い)ったものだ。(笑)

 

…庶民(しょみん)はそうなんだけど、

現代日本(げんだいにほん)では、お偉(えら)いさんはやりたい放題(ほうだい)。

柿どころではないよなァ。(笑)

 

帰(かえ)り道(みち)、小(ちい)さな図書館(としょかん)に立(た)ち寄(よ)る。

ふと手(て)に取(と)った本(ほん)に、人類(じんるい)はあと千年(せんねん)で滅(ほろ)びる、なんてことが書(か)いてある。

なんでも、現在(げんざい)地磁気(ちじき)が減(へ)り続(つづ)けていて、このままだと千年(せんねん)後(ご)にはそれがゼロになるというのだ。

地磁気(ちじき)は宇宙(うちゅう)から飛(と)んでくる放射線(ほうしゃせん)から人類(じんるい)というか、生物(せいぶつ)をガードしているらしい。

それがゼロになれば、ただでは済(す)まないだろうなあ。なるほど。

昨今(さっこん)話題(わだい)になる日本(にほん)の支配層(しはいそう)の劣化(れっか)も地磁気(ちじき)が減(へ)っているから、と考(かんが)えると納得(なっとく)できる、のかな?(笑)

まあ、地磁気が原因(げんいん)だと、全人類(ぜんじんるい)に影響(えいきょう)が及(およ)ぶはずだから、違(ちが)うでしょ。(笑)

 

色(いろ)づいた木(き)の下(した)で立(た)ち止(ど)まって瞑想(めいそう)などしていると、自転車(じてんしゃ)で通(とお)りかかったおじさんやおばさんが、「大丈夫(だいじょうぶ)ですか」と声(こえ)をかけてくれる。(笑)(夜散歩(よるさんぽ)ではないんだよなあ。(^^;))

親切(しんせつ)なものだ。

(しかし、江戸時代(えどじだい)の日本人はさらに、というか現代人(げんだいじん)が想像(そうぞう)もつかないほど親切(しんせつ)だったらしい。)

 

家(いえ)に着(つ)くころには、かなり曇(くも)って気温(きおん)も下(さ)がっていた。

ベランダから見(み)る西(にし)の空(そら)は少(すこ)し殺風景(さっぷうけい)だけど、明日(あした)も晴(は)れらしい。

11月3日(じゅういちがつみっか)は晴(は)れの特異日(とくいび)にして日本国憲法(にほんこくけんぽう)公布(こうふ)の日(ひ)。

素直(すなお)に天(てん)と先人(せんじん)に感謝(かんしゃ)したい。(^^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一昨日(おととい)、また

米粉(こめこ)とすり胡麻(ごま)のスナックとさつま芋(いも)スライスを焼(や)いていたところ、

 (画像は前回のもの)

 

焼(や)き上(あ)がった米粉(こめこ)スナックとさつま芋(いも)の間(あいだ)に、芋(いも)より二回(ふたまわ)りほど小(ちい)さなものが転(ころ)がっている。

 

目(め)の悪(わる)いわたしは、最初(さいしょ)それが何(なに)か判(わか)らず、

「こんな小(ちい)さな芋(いも)なんて置(お)いた憶(おぼ)えないよなァ。」

なんて思(おも)いつつ、取(と)り上(あ)げて見(み)ると、

なんと

カメムシ

ひょっとしてこんがり焼(や)けている?

(足先(あしさき)は焦(こ)げているような・・・)

 

わたしが眼(め)を離(はな)している間(あいだ)に入(はい)ったのだろうけど、

それにしてもどうして。

 

と考(かんが)えても、これは逝(い)ってしまっているカメムシにしかワカラナイ。いや、当(とう)のカメムシにもわからなかったかもしれない(^^;)。(その可能性(かのうせい)のほうが高(たか)い。)

 

数日前(すうじつまえ)から、カメムシがわたしの部屋(へや)に住(す)みついていたのは知(し)っていた。

 

本(ほん)を読(よ)んでいるときに目(め)の前(まえ)の壁(かべ)にとまっていたりしたからだが、

見(み)かけるたびに、

「おい、屁(へ)こき虫(むし)、おまえは屁が臭(くさ)いからイヤなんだよ。出(で)て行(い)けよ。」

などと語(かた)りかけて?(笑)いた。

 

いずれコップにでも閉(と)じ込(こ)めて外(そと)に放(ほう)り出(だ)してやろうと思(おも)っていたのだが、こういう結末(けつまつ)になろうとは・・・。

 

わからないものだ、というか、

不思議(ふしぎ)。

 

シンクのゴミ捨(す)て容器(ようき)の中(なか)には芋(いも)や野菜(やさい)の切(き)れ端(はし)が入(はい)っていたというのに、なぜわざわざフライパンに?

 

飛(と)んで火(ひ)に入(い)る夏(なつ)の虫(むし)

というのはあるけど、

飛んでフライパンに入(はい)る秋(あき)のカメムシとは…

 

変(へん)なことが起(お)きるものだ。

 

・・・、まああまり気持(きも)ちのいいものではない。

 

気持ちがよくないということでは、

今日(きょう)、2025年10月21日に、国民(こくみん)からはありえない反国民的(はんこくみんてき)な人権無視(じんけんむし)かつ好戦的(こうせんてき)な改憲右翼(かいけんうよく)内閣(ないかく)が誕生(たんじょう)するらしい。

 

憂鬱(ゆううつ)なことだ。

 

日本が飛んでフライパンに入るカメムシのようにならないことを祈(いの)るばかり。

 

 

 

 

 

ビンボー老人(ろうじん)だって、たまには

美味(おいし)しいスナックが食(た)べたいー。\(^0^)/

 

のだけど、

スーパーで売(う)っているスナック菓子(がし)は値上(ねあが)りしているか、中身(なかみ)がひどく減(へ)らされているものばかりになってしまっている。

 

こんなものばかり食(た)べていたら破産(はさん)~、

ということで、

自分(じぶん)で作(つく)ることにした。

 

何事(なにごと)も試行錯誤(しこうさくご)ということで、

 

食欲本能(しょくよくほんのう)の命(めい)ずるまま(笑)、

米粉(こめこ)450g(特価(とっか)で200円ちょっと)、すりごま一袋(ひとふくろ)(99円)と、見切り品のサツマイモ一本(108円)を買ってきた。

 

ここからはBGMを流(なが)しながらYouTube動画(どうが)を撮(と)っているつもりで🎵(^^)

 

まず、米粉(こめこ)とすりごまを混(ま)ぜて水(みず)で溶(と)き、

次(つぎ)にサツマイモをよく洗(あら)って輪切(わぎ)りに、

 

そして、フライパンを熱(ねっ)したら、油(あぶら)を引(ひ)き、先(さき)ほど水(みず)で溶(と)いたごま米粉(こめこ)を大匙(おおさじ)で掬(すく)ってフライパンにたらす。

 

そのとき、サツマイモも一緒(いっしょ)にフライパンでグリル(焼(や)く)する。(?べつに一緒でなくてもいいのだけど。(笑))

 

これだけ。(笑)

 

実食(じっしょく)。

無糖(むとう)のコーヒーと合(あ)わせて…

 

思(おも)った以上(いじょう)にいける。(^^)

塩(しお)を薄(うす)~くまぶせば、さらに味(あじ)が深(ふか)まって、おいしい。

 

お手間(てま)でなければ、一度(いちど)お試(ため)しあれ。

と、いちおうオススメしとく。

責任(せきにん)は持(も)たないけど、わたしはハマりそうなので。(笑)

 

(米粉(こめこ)の替(か)わりに小麦粉(こむぎこ)でもいいと思う。)

 

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わたしのようなビンボー老人(ろうじん)や貧(まず)しい人たちにとってはタイヘンな時代(じだい)だけど、工夫(くふう)をして寿命(じゅみょう)まで楽(たの)しく生(い)きましょう…