すべて幻想(げんそう)である。
これまで信(しん)じることのできなかった考(かんが)えだけど、
トシのせいか、最近(さいきん)、なんとなく「そうかな~」という気(き)になってきた。(笑)
この世(よ)のすべてのものには実体(じったい)がない、とするのは大乗仏教(だいじょうぶっきょう)の基本的(きほんてき)な考(かんが)えだけど、最近(さいきん)では、物(もの)そのものを扱(あつか)う物理学(ぶつりがく)でも、それ(この世界(せかい)は幻想(げんそう)である)を否定(ひてい)できなくなっているらしい。
人間原理(にんげんげんり)なんてのまで出(で)てきたりね。
「もうここまで来たら、物理学者(ぶつりがくしゃ)さんはみんな仏教徒(ぶっきょうと)になりなさい。
ゲーデルの「不完全性定理(ふかんぜんせいていり)」で科学(かがく)の限界(げんかい)も示唆(しさ)されているわけだし。」
と言(い)いたいけど、仏教(ぶっきょう)も残念(ざんねん)ながら「完全(かんぜん)」とは言(い)い難(がた)いし、いうまでもなく、仏教(ぶっきょう)と科学(かがく)は別物(べつもの)。同一線上(どういつせんじょう)で考えるものではない。
・・・。うーん。仏教(ぶっきょう)が完全(かんぜん)ではないという言(い)い方(かた)は適切(てきせつ)ではないかな・・・。
まあ・・・、今(いま)が、末法(まっぽう)もしくは法滅(ほうめつ)の世(よ)の中(なか)であるから、そう思(おも)うのかもしれない。
だから、苦(くる)しむ有情(うじょう=生(い)きとし生けるもの)を救(すく)うために、弥勒菩薩(みろくぼさつ)は兜率天(とそつてん)で56億7千万年にわたる修行(しゅぎょう)をしているわけで・・・。(誰(だれ)だって"長(なが)すぎ“と思うよなァ。(^^;))
ちなみに、弥勒菩薩、マイトレーヤは実在(じつざい)で、唯識(ゆいしき)思想(しそう)をはじめて組織的(そしきてき)に展開(てんかい)した人(ひと)だとされている。
マイトレーヤの唯識思想を引(ひ)き継(つ)いで、唯識論(ゆいしきろん)として完成(かんせい)させたのが無著〖むじゃく=アサンガ)、世親(せしん=ヴァスバンドゥ)の兄弟(きょうだい)で、奈良(なら)の興福寺(こうふくじ)には弥勒菩薩像(みろくぼさつぞう)の両脇(りょうわき)に無著像(むじゃくぞう)、世親像(せしんぞう)が立(た)っている。
「西遊記(さいゆうき)」で知(し)られる玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)の旅(たび)は、世親(せしん)の唯識論(ゆいしきろん)を求(もと)めてのものだったわけで、玄奘と同室(どうしつ)で修行(しゅぎょう)することが許(ゆる)された道照(どうしょう)を通(つう)じて、玄奘(げんじょう)の唯識論(ゆいしきろん)が日本にもたらされたんだね。
と、
あれ?ずいぶん抹香(まっこう)くさい?ことを書(か)いているなァ。(笑)
でも、ま。トシをとればこれでいいんだよ。(笑)
・・・、ふと気(き)がつけば、1月(いちがつ)も、もう14日(じゅうよっか)。
年(とし)が明(あ)けてから2日(ふつか)しか外出(がいしゅつ)していない。
運動不足(うんどうぶそく)もいいとこだ。
これではよぼよぼにさらに拍車(はくしゃ)がかかる、ということで、久(ひさ)しぶりに夜散歩(よるさんぽ)。(^^)
思(おも)ったほど寒(さむ)くない。
晴(は)れた夜空(よぞら)に煌煌(こうこう)と光(ひか)る満月(まんげつ)。
1月(いちがつ)の満月(まんげつ)をアメリカ先住民(せんじゅうみん)は狼月(おおかみづき)、と呼(よ)んでたそうで、いまでもアメリカではウルフムーンと言うのだとか。
右上(みぎうえ)に火星(かせい)さん。
ちょっと拡大してみると、
あれ?お月(つき)さんの左側(ひだりがわ)に何(なに)か丸(まる)いものが、
けっこう大(おお)きいよねえ。星(ほし)ではないみたいだ。
肉眼(にくがん)で見(み)ると、・・・見えない。何(なに)も。
でも、カメラ(スマホ)を通(とお)してだと見(み)える。
移動(いどう)してる?
もしかしたら、
1978年の歌(うた)なんだ。
このころはまだ20歳代(にじゅっさいだい)だったなあ・・・。
ゆっふぉう。
閑話休題(それはさておき)
(^^;)
いやあ、ボケてくるといろいろ不思議(ふしぎ)なことがあるものです。(笑)
それにしても、身(み)の回(まわ)りからどんどん物(もの)がなくなっていくのはどういうことだ!
100均(ひゃっきん)で買(か)ったイチョウ葉(ば)エキスを飲(の)んだり、いろいろとやっているんだけどなァ・・・。