ムシムシじめじめの梅雨(つゆ)がやってきた

と思(おも)いきや、2~3日(にさんにち)雨(あめ)が降(ふ)り続(つづ)いたあとは晴天(せいてん)が多(おお)く、案外(あんがい)、今年(ことし)は空梅雨(からつゆ)なのかもしれない。

昼(ひる)の間(あいだ)は7、8月(しちはちがつ)を思わせる真夏(まなつ)の太陽(たいよう)が照(て)りつけて暑(あつ)いけど、朝夕(あさゆう)は涼(すず)しい。

 

猛暑(もうしょ)といっても、熱帯夜(ねったいや)がなければ、過(す)ごしやすいものだ。

 

比較的(ひかくてき)順調(じゅんちょう)な気候(きこう)でお年寄(としよ)りの死亡(しぼう)にブレーキがかかったためか(?)、ここ1、2ヶ月(いちにかげつ)ほど地域(ちいき)の掲示板(けいじばん)で訃報(ふほう)を見(み)ていない。

 

それで、ホッとするほど、わたしの周囲(しゅうい)のこの地域(ちいき)では老人(ろうじん)を中心(ちゅうしん)に多(おおく)くの人(ひと)が亡(な)くなった。

とくにこの2年(にねん)ほどはひどかった。

 

昔(むかし)ならちょっとした騒(さわ)ぎになったのではないかと思(おも)うのだけど、

人間関係(にんげんかんけい)が薄(うす)れ、いろいろなことが隠蔽(いんぺい)されるようになった現代(げんだい)では、実際(じっさい)のところ何(なに)がどうなっているのか、さっぱりわからない。

 

わたしも老人(ろうじん)とされる年齢(ねんれい)なので、他人(ひと)ごとではないなァ、なんて思っていたところ、1年前(いちねんまえ)くらいだったか、こんな夢(ゆめ)だか幻想(げんそう)だかを見(み)た。

 

場所(ばしょ)は繁華街(はんかがい)にあるらしいマンションの一室(いっしつ)。

古(ふる)くて狭(せま)いけど、造(つく)りはしっかりしている。

 

どうやら、わたしはそこに住(す)んでいるらしく、立(た)ってひとり窓(まど)の外(そと)のネオンが続(つづ)く夜景(やけい)を見ていた。

 

部屋(へや)の真ん中(まんなか)には長(なが)い座卓(ざたく)。

座卓はこんな感(かん)じ。(^^)

テレビはなく、別室(べっしつ)もない。(ワンルーム

 

ふと見ると、さっきまで誰(だれ)もいなかったのに、2人(ふたり)の男(おとこ)が座卓(ざたく)に向(む)かい合(あ)って座(すわ)っている。

 

とくに特徴(とくちょう)はなくてふつうの労働者(ろうどうしゃ)さん風(ふう)。

仕事(しごと)の合間(あいま)に休憩(きゅうけい)をしているといった感(かん)じかな。わたしを気(き)にする様子(ようす)もない。

 

わたしが立ったまま窓越(まどご)しに外(そと)を見ていると、1人(ひとり)また1人と座卓に座(すわ)る人(ひと)が増(ふ)えて、5人(ごにん)になった。

 

30歳(さんじゅっさい)そこそこのアルバイトらしき若者(わかもの)もいれば、目(め)つきが鋭(するど)く、がっしりした体格(たいかく)の刑事(けいじ)さんみたいな人もいる。

 

それぞれバラバラな印象(いんしょう)の人たちなのだけど、誰(だれ)もわたしとコミュニケーションを取(と)ろうとする気配(けはい)はない。

 

話(はな)しかけることのできる雰囲気(ふんいき)でもない。

 

これはこの世(よ)のものならぬヤバい人たちではないか、と思ったわたしは、

念仏(ねんぶつ)なりお題目(だいもく)なりを唱(とな)えて、この人たちにお引(ひ)き取(と)りを願(ねが)おうとしたのだけど、舌(した)がマヒしていて、何(なに)も唱えることができない。(金縛(かなしば)りにあっていた~!)

 

男(おとこ)たちの雰囲気(ふんいき)はどんどん悪(わる)くなり、わたしはマヒ状態(じょうたい)、ということで途方(とほう)にくれていると、

玄関(げんかん)のドアを開(あ)けて、白(しろ)いセーターを着(き)た男(おとこ)が入(はい)ってきた。

 

その男(おとこ)を見たときのわたしの気持(きも)ちは、

「ああ、やっと話(はなし)の分(わ)かりそうなまともな人(ひと)が来(き)てくれた。」

というものだった。

 

男は座卓に座ることなく、歩(ある)いてわたしの立っているところの近(ちか)くに来(く)ると、座っている男たちを

「あれ?どうしたんだい。」

という表情(ひょうじょう)で見(み)た。

 

座(すわ)っている男たちは、関係(かんけい)ないよ、という感(かん)じで無視(むし)していたけど、やがて姿(すがた)を消(け)して行(い)った。

 

ほっ、として横(よこ)を見ると、白いセーターの男もいなくなっていた。

わたしの金縛りは解(と)けていた。

 

ひとり残(のこ)された部屋(へや)でわたしが

「助(たす)かった~」

感(かん)に浸(ひた)っていると

 

ピンポーン

と、ドアチャイムの音(おと)。

 

玄関(げんかん)のドアを開(あ)けると、若(わか)い男女(だんじょ)のカップルがいた。

 

「なんでしょう?」

わたしが聞(き)くと、

前(まえ)に立っていた男が、

「ここ、僕(ぼく)たちの部屋(へや)なんですけど。」

「え?ここはわたしの部屋ですよ」

と、わたし。

 

「・・・・・、そうなんですか。」

 

カップルは不思議(ふしぎ)そうな顔(かお)をすると、並(なら)んで帰(かえ)って行(い)った。

 

・・・・・・・、

夢か幻覚か。

夢だとしたら色(いろ)のついた夢でした。(^^;)

 

それにしても、5人の男たちはともかく、あの白いセーターの人は何(なに)だったのだろう。

 

金縛りつきの悪夢(あくむ)?の中(なか)に救(すく)いの存在(そんざい)として現(あらわ)れるのだから。

 

ともかくも、そのとき唱えられなかった、念仏=南無阿弥陀仏、とお題目=南無妙法蓮華経

 

恵心僧都(えしんそうず)源信(げんしん)は

「朝(あした)に法華経(ほけきょう)の講義(こうぎ)を聞(き)き、夕(ゆう)べに念仏(ねんぶつ)を唱えれば、サルでも仏(ほとけ)=如来(にょらい)を見ることができる」と言って、

 

この人が「サルでも~」という言(い)い方(かた)の元祖(がんそ)なのかと思うけど、(余談(よだん))

 

念仏にしてもお題目にしても、その他(ほか)の自分(じぶん)の信(しん)じる言葉(ことば)でも、唱えることができるうちに唱えておきましょう。(^^)

何かが得(え)られたらいいんだと思います。

 

(唱えられなくても救(すく)われる時(とき)は救われる?(^^;)

 まあ・・・、他者(たしゃ)を害(がい)したり、弱(よわ)いものいじめをしたりといった悪(わる)いことはしないことですよ。)