節分(せつぶん)の次(つぎ)の日(ひ)からが春(はる)、ということになっているけど、
実際(じっさい)に春を感(かん)じることができるのは、3月(さんがつ)に入(はい)ってから。
3月は春と冬(ふゆ)が混在(こんざい)している。
3月初旬(さんがつしょじゅん)の草地(くさち)はまだ冬(ふゆ)の景色(けしき)。


でも梅(うめ)の花(はな)は散(ち)りかけていて、


水仙(すいせん)は花盛(はなざか)り。

道端(みちばた)の花壇(かだん)や公園(こうえん)には春(はる)の花(はな)が


植(う)えられている
こちらはちょっと冬っぽいかな。


お、
ダスティミラー(シロタエギク)

30年ほど前(まえ)、新宿区(しんじゅくく)大久保(おおくぼ)にある小泉八雲(こいずみやくも)旧居(きゅうきょ)跡(あと)に行(い)った時(とき)、庭(にわ)いっぱいにこのダスティミラーが植(う)えられていた。
小泉八雲といえば、地中海(ちちゅうかい)はギリシア出身(しゅっしん)の帰化人(きかじん)、
ダスティミラーも地中海が原産(げんさん)の帰化植物(きかしょくぶつ)、ということで、旧居跡には地中海の香(かお)りが・・・、
と思(おも)おうとしてみても、新宿(しんじゅく)の大久保(おおくぼ)で地中海の雰囲気(ふんいき)にひたろうというのはねえ、ちょっと無理(むり)だった。(笑)
洋風(ようふう)づくりの庭(にわ)になっていても、感(かん)じるのは日本の「怪談(かいだん)」。
雪女(ゆきおんな)、耳(みみ)なし芳一(ほういち)、貉(むじな)、のっぺらぼうなど、小泉八雲は日本(にほん)の怪談(かいだん)に独特(どくとく)の深(ふか)みを与(あた)えていると思(おも)う。
もっとも、政治(せいじ)や経済(けいざい)、行政(ぎょうせい)といった権力(けんりょく)が怪物化(かいぶつか)してしまった現代(げんだい)日本(にほん)では、妖怪(ようかい)も存在感(そんざいかん)が薄(うす)い、というか凹(へこ)んでしまっているようだけど。(笑) ←余談(よだん)
大(おお)きな?菜(な)の花(はな)が咲(さ)いていた。

通(とお)り掛(か)かった老婦人(ろうふじん)が、
「いい写真(しゃしん)がとれましたか?」
話(はな)しかけてくれた。
「いやあ、スマホではなかなか上手(うま)く撮(と)れなくて」
と、わたし。
老婦人(ろうふじん)、菜(な)の花(はな)を見(み)ながら、
「いつもここを通(とお)るたびに、この葉(は)がおいしそうだと思うんですよねえ。
食(た)べられるんでしょうか。」
「あ、菜の花ですからね、食べることができますよ。小(ちい)さい菜の花だと葉だけでなく、花も茎(くき)も食べることができます。」
昔(むかし)、東京(とうきょう)から私鉄(してつ)で1時間(いちじかん)ほどかかる郊外(こうがい)のアパートに住(す)んでいた時(とき)、生活費(せいかつひ)がショート、
菜の花やタンポポを摘(つ)んで塩(しお)コショウをして油(あぶら)で炒(いた)めて食(た)べたことを思(おも)い出(だ)した。
あれ、おいしかったなあ。(笑)
そういえば、野菜(やさい)が高(たか)い。(笑)
帰(かえ)り道(みち)、
空(あ)き地(ち)に猫(ねこ)が一匹(いっぴき)、ぽつんと座(すわ)っていた。
暖(あたた)かかった今日(きょう)一日(いちにち)を惜(お)しむかのような様子(ようす)に引(ひ)かれて見(み)ていると、
猫(ねこ)もこちらを見た。

どこか心細(こころぼそ)そう。
天気(てんき)予報(よほう)では、
今夜(こんや)から気温(きおん)が下(さ)がって、明日(あした)は雪(ゆき)もちらつくらしい。
がんばれよ、野良(のら)ちゃん。
貧(まず)しき者(もの)にも 野良猫(のらねこ)にも 自己責任(じこせきにん)などと 言うなかれ。(笑)