一昨日(おととい)の日暮(ひぐ)れ前(まえ)。

あれ?小(ちい)さな丸(まる)い雲(くも)が、と最初(さいしょ)は思(おも)ってしまったけど、よく見(み)たら、月(つき)だった。

 

明(あか)るいうちに出(で)る月(つき)は白(しろ)いんだー、と改(あらた)めて感心(かんしん)している72歳(ななじゅうにさい)。(^^;)

 

12月(じゅうにがつ)も気(き)がつけばもう中旬(ちゅうじゅん)。

急激(きゅうげき)に気温(きおん)が下(さ)がって、年寄(としよ)りにはきつい寒(さむ)さになってきた。

 

エアコンが故障(こしょう)したままなので(笑)、 小型(こがた)の石油(せきゆ)ストーブを購入(こうにゅう)

              これ →   

マッチやライターで火(ひ)をつける古(ふる)いタイプの石油(せきゆ)ストーブで、値段(ねだん)は6000円。(石油ストーブ最安値(さいやすね)?)

 

 何十年(なんじゅうねん)かぶりに室内(しつない)で嗅(か)いだ灯油’とうゆ)の匂(にお)い。

ふと、故郷(こきょう)の町(まち)を思(おも)い出(だ)す。

 

雪(ゆき)は降(ふ)っても積(つ)ることはほとんどないような地域(ちいき)だったけど、真冬(まふゆ)の底冷(そこび)えは厳(きび)しかった。

そんな寒(さむ)い日(ひ)、店先(みせさき)から灯油(とうゆ)の匂(にお)いが漏(も)れる、日(ひ)の暮(く)れた路地(ろじ)を歩(ある)いて友達(ともだち)の家(いえ)やお好(この)み焼(や)き屋(や)に行(い)っていた中坊(ちゅうぼう)のころのわたし。

生意気(なまいき)盛(ざか)りだったけれど、今(いま)で言(い)う、中二病(ちゅうにびょう)※とは違(ちが)っていたかな。

 

※(中二病とは、中学(ちゅうがく)2年生(にねんせい)のころの思春期(ししゅんき)にみられる、自分(じぶん)をよく見(み)せようとする背伸(せの)びや、自己顕示欲(じこけんじよく)と劣等感(れっとうかん)を交錯(こうさく)させたひねくれた物言(ものい)いなどの言動(げんどう)や態度(たいど)を揶揄(やゆ)する俗語(ぞくご)。=AI解説(かいせつ)w)

 

時代(じだい)もあるのかもしれないけれど、ど田舎(いなか)の漁師町(りょうしまち)では中二病にかかる余地(よち)も無(な)かったと思(おも)う。(笑)

(その分(ぶん)、都会(とかい)に出(で)てから苦戦(くせん))したなァ。)

 

のどかと言(い)えばのどか、未開(みかい)と言えば未開の町(まち)で暮(く)らしていたわたしの中二(ちゅうに)のころ、日本で何(なに)があったか、ちょっとと調(しら)べてみたら、

 

・ 日本(にほん)の人口(じんこう)がはじめて1億人(いちおくにん)を越(こ)え、

・ ビートルズが武道館(ぶどうかん)で公演(こうえん)して、

・ ウルトラマンの放送(ほうそう)が開始(かいし)された

 

ということがあった年(とし)らしい。

 

そうだったんだ。

 

しかし、そのころの時代(じだい)を象徴(しょうちょう)するものとして、わたしの記憶(きおく)に残(のこ)っているものは、ひょっこりひょうたん島(じま)、かな。

ひょっこりひょうたん島(じま)のピークはわたしの中学生(ちゅうがくせい)時代(じだい)ではないかなァ。

わたしの町(まち)の子(こ)どもたちのほとんどが見(み)ていたと思(おも)う。

生徒会(せいとかい)の選挙(せんきょ)では、ドンガバチョの「みなさーん」は定番(ていばん)で、やったもの勝(が)ちだった。

 

あの、今(いま)でも耳(みみ)に残(のこ)る“みなさーん"が聞(き)きたくてyoutubeで映像(えいぞう)を探(さが)したが、オープニングのテーマ曲(きょく)と初期(しょき)の動画(どうが)はあったけれど、  

  (1964年は東京オリンピックの年で、わたしはまだ小坊(しょうぼう)。)

www.youtube.com

 

ドンガバチョのその場面(ばめん)は見つけることができなかった。

dvdはどうなんだろうと思(おも)ったが、オリジナルの映像(えいぞう)はごく一部(いちぶ)だけしか残(のこ)っていないようだ。

もっとも面白(おもしろ)かった1965年、1966年あたりのものはもう見ることができないのだろう。

テレビ映像(えいぞう)、snsの動画(どうが)なんてのははかないものなんだな。

むしろ、それより昔(むかし)の映画だとか本(ほん)、雑誌(ざっし)のほうがしっかり残(のこ)っていたりする。

 

日本の「保存(ほぞん)」の能力(のうりょく)も低下(ていか)しているのかな?

 

過去(かこ)が消(き)え去(さ)るのは当然(とうぜん)だけど、

過去(かこ)とのつながりも希薄化(きはくか)している、というのはどうなんだろう?

 

過去(かこ)にとらわれすぎる老人(ろうじん)もどうかとは思うが。

 

いうまでもないことだが、過去と現在(げんざい)はまったく違(ちが)う世界(せかい)だ。

高齢者(こうれいしゃ)はこのことをしっかりと自覚(じかく)する必要(ひつよう)がある。

しかし、現代(げんだい)はあまりにも過去(かこ)から学(まなぶ)ぶことが少(すく)ないようにも思うのだ。

 

わたしも石油ストーブの匂いで昔の世界に一瞬(いっしゅん)入(はい)り込んだ気持(きも)ちになったけど、それは、そのころと今(いま)は、まったく別(べつ)の世界(せかい)なのだ、ということを今さらながらに思い知らされることになった。

 

しかし、(60年前と同(おな)じ造(つく)りの)この超(ちょう)レトロストーブには愛着(あいちゃく)がわきそうだ。(笑)

 

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近年(きんねん)、人(ひと)の命(いのち)が急速(きゅうそく)に軽(かる)くなっているように感(かんじ)じる。

日本人(にほんじん)に対(たい)してエントロピー増大(ぞうだい)の法則(ほうそく)が働(はたら)いているのかな?(ex.貧富(ひんぷ)の差(さ)の拡大(かくだい)、政府(せいふ)による庶民(しょみん)、弱者(じゃくしゃ)の生命(せいめい)軽視(けいし)。)

 

うーーーむ。

日本はひょっこりひょうたん島ならぬ、漂流(ひょうりゅう)する鬼(おに)ヶ島(しま)になってしまったのだー。(笑)

 

                

あ、換気(かんき)しなくては。(酸欠(さんけつ))。(笑)

 

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駅前(えきまえ)でわたしと同年配(どうねんぱい)とおぼしき女性(じょせい)がひとりビラを配(くば)っていた。

 

この世(よ)の中(なか)をなんとかしなくては、と、まだがんばっている。

女(おんな)の人(ひと)は偉(えら)いなあ、たくましいなあ、強(つよ)いなあ。

わたしなんか世捨(よす)て人(びと)になり果(は)てているのに。

トシをとると男(おとこ)はダメだ。(言(い)い訳(わけ))