暖(あたたか)かい日(ひ)が続(つづ)いている。
わたしがいくら寝(ね)ても眠(ねむ)いのは、
春眠(しゅんみん)暁(あかつき)を覚(おぼ)えず
というこの春(はる)の気候(きこう)のせいか、
それとも、
このあいだ人生(じんせい)にプチ絶望感(ぜつぼうかん)を抱(いだ)くような出来事(できごと)があって、少(すこ)し体調(たいちょう)を崩(くず)しているからだろうか?
(何歳(なんさい)になっても嫌(いや)なことはついてまわるものでね・・・。)
いずれにせよ、朝(あさ)なかなか起(お)きられないときは、けっこうな時間(じかん)までカーテン閉(し)めっぱなしという状態(じょうたい)になる。
こんなとき、少し前まではこのあたりをテリトリーにしている一羽(いちわ)のカラスがベランダに来て、“どうしたの~“という感じで何回(なんかい)か鳴(な)く、ということがよくあった。
のだけど、今回(こんかい)は一度(いちど)もない。
それだけではなく、この10日(とおか)ほどはまったく鳴(な)き声(ごえ)を聞(き)かず、この近(ちか)くにいる気配(けはい)さえない。
この2年ほどは毎日(まいにち)そのカラスが鳴かない日がなく、声(こえ)も覚(おぼ)えてしまっているほどなのだけど。
なんだかヘンだな、と思っていたら、このあいだ近くのスーパーで買い物をしていた折(おり)に、店内放送(てんないほうそう)があって、
"お買(か)い物(もの)を自転車(じてんしゃ)のカゴに入れたたままにしておくとカラスに取(と)られますのでお気(き)をつけください“
これを聞いてご近所(きんじょ)カラス(そう呼(よ)んでいた)が姿(すがた)を見せなくなった理由(りゆう)がわかった気がした。
たぶん、悪(わる)いカラスが出張(でば)ってきているのだ。
それで、一羽でこのテリトリーを守(まも)っていたご近所カラスは姿(すがた)を消(け)した、と。
カラスも人間と同じで悪い奴(やつ)といい奴(やつ)がいる。
ご近所カラスはいい奴。
これは長年(ながねん)の付き合いがあるわたしが保証(ほしょう)する。(笑)
以前(いぜん)はベランダに遊(あそ)びに来たら魚肉(ぎょにく)ソーセージをやったりしていたのだけれど、途中(とちゅう)からパートナーらしき雄(おす)カラスが一緒(いっしょ)に来(く)るようになって(ご近所カラスはメス)、これが結構(けっこう)な悪党(あくとう)カラスだったので(いろいろあって(笑))エサをやるのはやめた。
それでもご近所カラスはあいかわらずたまに遊(あそ)びに来(き)て、夏(なつ)の暑(あつ)い日など器(うつわ)に水を入れてやったりしていると、こちらの気(き)もちを汲(く)んで?水でくちばしを洗(あら)うような仕草(しぐさ)をする。
自由(じゆう)カラス(わたしは野生(やせい)と言わず「自由」という)に人間の気持ちがわかるのか、と思われるかもしれないけれど、長年(ながねん)同じ自由カラスとつきあっていると、そういう面(めん)ではカラスも人間もそう大差(たいさ)はないな、と思えてくる。
悪党の多いカラスだけど、なかにはカラスの異名(いみょう)である「慈鳥(じちょう)」という名(な)にふさわしいカラスもいる。
慈鳥というのはカラスが年老(としお)いた親(おや)カラスにエサを持っていって養(やしな)うという言(い)い伝(つた)え?からきたものらしいが、なるほど、ほんとうにそういうこともあるのかな?と思わせるものがこのご近所カラスにはある。
たとえば、足(あし)を何本(なんぼん)か失(うしな)ったメスのカブトムシを高(たか)い階(かい)にある私の家のベランダに置(お)いてわたしに飼(か)わせたのはこのカラスの仕業(しわざ)だと思っている。
(だから、このカブトムシが死んだとき、近くに来て悲しい声で鳴いた?)
またベランダから黒い子ネコがふらふらと道を歩いているのが見えたとき、ご近所カラスがすぐ横(よこ)のフェンスにとまって子ネコを見下(みお)ろしていたことがあった。
「ひょっとして子ネコを食(た)べるんじゃないだろうか」
と思っていると、
子ネコはフェンスの近(ちか)くまで行ってカラスを見上(みあ)げて、そのまましばらくいたけれど、やがて歩(ある)いて去(さ)って行った。
その子ネコは成長(せいちょう)して、今(いま)もこの近所で見かける。
とまあ、とにかくこのご近所カラスは「いい奴」なのだ。(^^)
これ、わたしの思(おも)い込(こ)みでそう見えているだけではないのか?
と思われるかもしれないが、案外(あんがい)、人間と動物(どうぶつ)の差(さ)は人間が考(かんが)えているほどには大(おお)きくないのかもしれない。
昔の人はそのあたりのことがよくわかっていたようで、「列子(れっし)」にこんな一文(いちぶん)がある。
『禽獣(きんじゅう)の智(ち)自然(しぜん)に人と童(おな)じき者(もの)有(あ)り。その斉(ひと)しく生(せい)を摂(せっ)せんと欲(ほっ)する、亦(また)智を人(ひと)に仮(か)らず。
牝牡(ひんぼ)相(あい)偶(ぐう)し、)母子(ぼし)相(あい)親(した)しみ、平(へい)を避(さ)けて険(けん)に依(よ)り、寒(かん)を違(さ)りて温(おん)に就(つ)く。
居(い)れば則(すなわ)ち群(ぐん)有(あ)り、行けば則ち列(れつ)有り。
小者(しょうしゃ)内(うち)に居(お)り、壮者(そうしゃ)外(そと)に居(い)る。飲(の)めば則ち相携(あいたずさ)え、食(くら)えば則ち鳴き群(ぐん)す。』
=「禽(とり)や獣(けもの)の知能(ちのう)も、おのずから人と同じものがある。それらがひとしく自己(じこ)の生命(せいめい)を養(やしな)おうとする場合(ばあい)も人間に知恵(ちえ)を借(か)りることはない。
雌雄(しゆう=オスとメス)がつがい、母子(ははこ)が親(した)しみ、(敵を避(さ)けるために)平地(へいち)を避けて険処(けんしょ=けわしいばしょ)に棲(す)み、寒(さむ)いところを去(さ)って暖(あたた)かいところに行く。
(木などに)止(と)まるときは群(む)れをなし、進(すす)むときは列(れつ)をなし、幼(おさな)いものを列の内側(うちがわ)にして、強(つよ)い者(もの)が外側(そとがわ)に立つ。水を飲むときは連(つ)れ立(だ)って行(い)き、エサを食(た)べるときは鳴(な)いて群(む)れを呼(よ)び集(あつ)めるではないか。」
なるほど。
傲慢(ごうまん)と偏見(へんけん)を取(と)り去(さ)って、人間(にんげん)本来(ほんらい)の素朴(そぼく)な目で見れば、動物のほんとうの姿(すがた)がよく見えてくる、ということだろう。
そして、この文章(ぶんしょう)は、こう続(つづ)く。
『太古(たいこ)の時は、すなわち人と同じく処(お)り、人と並(なら)び行(ゆ)く。
帝王(ていおう)の時、始(はじ)めて驚駭(けいがい)散乱(さんらん)す。末世(まっせ)に逮(およ)んでは、隠伏(いんぷく)逃竄(とうざん)し、以(もっ)て患害(かんがい)を避(さ)く。』
=「太古(たいこ)の昔(むかし)には禽(とり)や獣(けもの)も人と同(おな)じ場所(ばしょ)にいて、人と並(なら)んで歩(あゆ)んでいた。
しかし、三皇五帝(さんこうごてい=中国(ちゅうごく)伝説(でんせつ)上(じょう)の皇帝(こうてい))の時代(じだい)になると彼らは人を恐(おそ)れて逃(にげ)げ散(ち)るようになった。さらに下(くだ)って末(すえ)の世(よ)になると、彼らは山野(さんや)に身(み)を隠(かく)して逃(に)げ回(まわ)り、それで危害(きがい)を避(さ)けるようになったのである。」
これは、時代が進(すす)むにつれて、動物たちに人間の恐ろしさがわかってきた、ということか?それとも人間がだんだんと残酷(ざんこく)になってきた、ということか?
ここ(列子)ではそこまでは書いてくれていないが、動物たちにとって人間が最(もっと)も厄介(やっかい)な存在(そんざい)であることは間違(まちが)いないだろう。
ということで、今(いま)わたしが心配(しんぱい)しているのは、他(ほか)の悪党(あくとう)カラスの悪(わる)さのおかげで、もし役所(やくしょ)がカラスの駆除(くじょ)を始(はじ)めた場合、ご近所カラスも一緒(いっしょ)に駆除されてしまわないか、ということ。
お役所にとっては「善いカラス」も「悪いカラス」も関係(かんけい)ないだろうからねえ。
やられる時は一網打尽(いちもうだじん)。
しかし、
罠(わな)にかかるのは人間をそれほど疑(うたが)っていない、どちらかといえば「善いカラス」のほうで、人間なんてまったく信用(しんよう)していない「悪いカラス」はまんまと逃(に)げ延(の)びるような気がする。
これ、人間(にんげん)社会(しゃかい)にも言えることのような・・・。
1人(ひとり)、あるいは少数(しょうすう)の者(もの)が悪さをするからと言って、その階層(かいそう)の人たち、あるいは民衆(みんしゅう)全体(ぜんたい)を締(し)め上(あ)げる、ということを日本の権力者(けんりょくしゃ)、お役所は当然(とうぜん)のことのようにやるからね。※
その場合も本当(ほんとう)のワルはうまくやって、苦(くる)しんでいる庶民(しょみん)が小(ちい)さな瑕疵(かし)で罰(ばっ)せられたりする。
(しょせんは力関係(ちからかんけい)なのだ。)
この点は「善いカラス」もわたしのような弱(よわ)い立場(たちば)の庶民(しょみん)も「危険(きけん)」は共有(きょうゆう)している。(^^;)
というか、時代は末世を越(こ)えてずんずん進(すす)んでいるのであって、ほぼ完全に家畜化(かちくか)されたわれわれ被支配層(ひしはいそう)の人間は支配階級(しはいかいきゅう)の人間を、かつての禽獣(きんじゅう)が人間を恐れたように恐れ、その危害(きがい)から逃(のが)れなくてはいけないような時代を迎(むか)えているかも知れないのだ。
と、・・・話が逸(そ)れた・・・か。(笑)
何(なに)はともあれ、ご近所カラスが無事(ぶじ)で、この先(さき)も生(い)きてカラスなりの寿命(じゅみょう)を全(まっと)うすることを願(ねが)っている。(^^)
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※ 前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい。在位・紀元前141年から紀元前87年)の頃(ころ)に書かれた「淮南子(えなんじ)」にこんな記述(きじゅつ)がある。
「たべものをノドにつめて〇(し)んだものがあるからといって、天下(てんか=人民(じんみん)にたべものを禁(きん)じたり、車(くるま)がもとで失敗(しっぱい)したのがいたからといって、天下に乗車(じょうしゃ)を禁(きん)じるのは、道理(どうり)にはずれている。」
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ついでに、同じ前漢のときに劉向(りゅうきょう)によって書かれた「説苑(ぜいえん)」に古代(こだい)中国(ちゅうごく)の人たちが「理想(りそう)の帝王」(三皇五帝のひとり)聖人(せいじん)として崇拝(すうはい)した「堯(ぎょう)」について書かれてあったので、載せておこう。(すぐに忘れちゃうので。(笑))
~
「堯は、天下(てんか)のために心(こころ)をつかい、貧(まず)しい人々(ひとびと)に関心(かんしん)をよせていた。
人民(じんみん)が罪(つみ)せられることを苦痛(くつう)に思い、すべての(い)き物(もの)が生(せい)を全(まっとう)うできないことを悲(かな)しんだ。
ひとりでも飢(う)えた者(もの)がいると、『わたしが飢えさせたのだ』と言った。
ひとりでも凍(こご)えた者がいると、『わたしが凍(こご)えさせたのだ』と言った。
ひとりでも罪(つみ)をおかした者がいると、『わたしがそこへ落(お)とし入(い)れたのだ』と言った。
そこには仁(じん)が顕現(けんげん)され、義(ぎ)が確立(かくりつ)していた。徳政(とくせい)が広(ひろ)まり、教化(きょうか)が行(い)きわたっていた。
そこで人々は賞(しょう)されなくても善行(ぜんこう)につとめ、罰(ばっ)することがなくても秩序(ちつじょ)を守(まも)った。
先(さき)に寛容(かんよう)をもってし、後(のち)に教誨(きょうかい=教(おし)えさとすこと。)するのが、堯の方法(ほうほう)であった。」
もちろん、これはあくまで「理想(りそう)」。
このような理想の皇帝=「堯」が存在したかどうかは疑わしい。
しかし、こういう「理想の帝王像」を持てた古代の人々は素晴らしいと思う。
今の日本の政治、行政はこの理想とは逆の方向に向かっているように感じられる。
中国の古典を読んでいると、人類が「進歩」しているのか、「退化」しているのかわからなくなってくる。
まあ、「進歩」という概念自体が怪しいのだが。(笑)
さて、もう寝よう。
また、あのカラスが姿を見せてくれればいいのだけど。(-.-)。。о Ο 〇