毎年(まいとし)、真(ま)っ赤(か)に紅葉(こうよう)し

わたしの目を楽しませてくれていたドウダンツツジだったのだけれど、今年は半分くらいが夏枯(なつが)れしていて、淋(さみ)しいものになりそうだ。

      

 

それほど今年の夏の暑さが異常(いじょう)だった、ということなのだろう。

 

暑さも行(い)き過(す)ぎると人間(にんげん)だけではなく動物(どうぶつ)にとっても厳(きび)しいようで、一昨日(おととい)、駅前(えきまえ)の歩道(ほどう)ではじめてカラスの死骸(しがい)を見た。

        

死骸といっても見ての通り、羽(はね)と足(あし)だけ。他(ほか)の部分(ぶぶん)は食(た)べられてしまったのだろう。足を見ると幼鳥(ようちょう)から少し大きくなったところといった子どもの鳥?だったので、骨も食べつくされてしまったのかもしれない。

昔、ハトが食べられてしまったものを見たことがあるのだけれど、それは骨がけっこうしっかり残っ(のこ)ていた。

・・・、このカラスを食べたのはカラスかな?周(まわ)りにいくつかのカラスの糞(ふん)の痕跡(こんせき)があった。

 

街中(まちなか)では滅多(めった)にみることのできないものだと思うのだけど、ほとんど、というか全(すべ)ての人が関心(かんしん)も示(しめ)さず通り過ぎて行く。

 

なんだかとても殺伐(さつばつ)とした景色(けしき)に見えたのはわたしだけか?

 

ふと、以前(いぜん)読んだ手塚治(てつかおさむ)さんの、

戦後(せんご)すぐの頃(ころ)、復員(ふくいん)した兵隊(へいたい)さんが餓死(がし)して、その死骸が放置(ほうち)され、骨になってもそこにあって、それをなんとかしようとする人もいなかった、という実(じつ)体験(たいけん)に基(もとづ)づいた漫画(まんが)を思い出した。

 

まあ、人間とカラスでは比較(ひかく)にならないだろうけど、日本人に余裕(よゆう)がないのは敗戦時(はいせんじ)も今もあまり変わりがないのかもしれないな、とフト思った次第(しだい)。

 

戦後(せんご)78年。

今なお日本人が幸(しあわ)せでない、ということは否定(ひてい)しうべくもない事実(じじつ)であって、一部(いちぶ)のカネと利権(りけん)、権力(けんりょく)によって人間性(にんげんせい)の麻痺(まひ)した者(もの)たち以外(いがい)の人にはよくわかることだろう。

 

この絶望(ぜつぼう)の国で急速(きゅうそく)に数(かず)を減(へ)らしながらも、日本人はよくやっているなァ、とは思う。